あん摩・鍼・灸問題(あはき問題)

 2006年(平成18年)の「身体障害児・者実体調査」によれば、視覚障害者の就業者数は81000人、その内の24000人(29.4%)が、あはき(あん摩マッサージ、鍼、灸の総称)に従事しています。

 国民には「職業選択権の自由」が保障されていますが、視覚障害者の就労実態は、あはき業を生活の糧にしている人が少なくありません。近年、医師や弁護士などの専門的職種に就く人も増えてきた反面、就労者数では依然として圧倒的にあはき業従事者が多いのが実態なのです。

1.あん摩・鍼・灸とは

 あん摩、鍼、灸は、古代中国で発達した漢方医学による物理療法で、6世紀に仏教とともに日本へ伝来しました。701年(大宝元年)に成立した大宝律令に医療制度の法令である『医疾令』が定められ、わが国の医療制度上画期的なものでした。医学・薬学の教育と臨床的な活動を受け持った「典薬寮」の項に、「針生」・「按摩生」の記述も見られます。それ以来、日本の医療の中で保健や病気の治療に効果をあげて、国民に親しまれてきました。

 しかし、従来あん摩や鍼は、視覚障害者とは関係のあるものではありませんでした。あん摩・鍼・灸が視覚障害者と大きく関係するようになったのは、江戸時代からです。

2.視覚障害者とあん摩・鍼・灸の関わり

 江戸時代に入ると、全盲の杉山和一(1610~94年)が、優れた才能と努力によって、鍼の施術法の一つである「管鍼法」を考案しました。また、按摩技術の習得を主眼とした、世界初の視覚障害者教育施設とされる「杉山流鍼治導引稽古所」を開設したのです。

 それをきっかけに、江戸時代以後は視覚障害者の専業といわれるほどに、多数の人があはきによって生計を立てるようになりました。これは世界にも例のないことで、明治時代に入り、西洋式の医療制度が導入され民間療法になってからも、盲学校の職業教育に取り入れられて、今日に至っています。

3.あはき問題

 しかし、時代の変化とともに、視覚障害あはき師を取り巻く環境も変容して、いわゆる「あはき問題」といわれるさまざまな課題が噴出しています。大きな問題をいくつか掲げてみます。

(1)晴眼業者の増加

 近年では、この分野への晴眼者の進出が著しく、三療業全体に占める視覚障害者の割合は減少傾向にあります。按摩・マッサージ・指圧師の場合、1960年代までは6割を越えていましたが、1970年代で55.9%となり、1980年代に5割を、1990年代に4割を、2000年代で3割を割込みました。平成18年末の保健衛生行政業務報告によれば、按摩・マッサージ・指圧師25.2%、鍼師18.4%、灸師17.9%となっています。

(2)無免許業者の横行

 「癒やしブーム」といわれる昨今、リラクゼーション産業の需要を増大させ、街のあちこちで○○マッサージの看板を見かけるようになりました。
 リフレックスソロジーなど、慰安や美容の名目で行われるものは、1947年(昭和22年)に公布された「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等 に関する法律」の規定外にあります。法第1条に規定する「医師以外の者が行う施術行為」とはならず、マッサージを標榜して行われたとしても、あはき法には名称独占の規定がないため、放任せざるを得なかったのです。

(3)柔整師の保険不正請求

 柔道整復師(柔整師)は、打撲・捻挫・骨折などの外傷性疾患を治療します。これらの治療は緊急性を伴う場合があるため、医師の同意を得ずに健康保険を適用した施術をすることが可能です。その点を利用した、柔整師の保険不正請求が以前から問題となっています。

 会計検査院は過去2回にわたり、柔整師の保険取扱いの実態調査を行ない、肩こりのマッサージをしても、打撲や捻挫の名目で振替保険不正請求する実情を、その都度厚労省に対し「事態改善勧告」を発してきました。これは、特に、国民健康保険では、税金が含まれている点を会計検査院が重視したからです。
 改善勧告にもかかわらず、厚労省の対応は残念ながら緩慢で、柔整師の健保取扱高が約4000億円に達するに至って、他の方面からも事態を問題視する声が近年増え続けています。
 2010年に入ってから、マスコミでも柔整師の健康保健取り扱いのあり方の問題点を取り上げるようになりました。

 この問題があはき師とどう関係するかというと、あはき師の施術対象である肩こり・腰痛を、柔整師が打撲・捻挫ということにして保険適用で治療しているという実態があるのです。本来柔整師が肩こり・腰痛を治療する場合は、保険適用外になるので、これはあはき師にとって大きな問題です。
 視覚障害者・晴眼者に関わらず、あはき業の立場からは、あはき師全体に対する業権侵害になるうえ、視覚障害あはき師の立場からは、職業的経済的自立の阻害にもなっているのです。

 本連合では、視覚障碍者の職業的自立を確保するため、あはき問題の改善に取り組んでいます。これからもさまざまなあはき問題に対し、粘り強く関係省庁に働きかけていきます。ご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。