年金制度と無年金問題
1.年金制度に関する無年金問題
かつて、年金制度、特に障害年金の中で、以下のような、必ずしも本人の責任とはならない理由で、障害基礎年金が受給されない事案が起こりました。
- 20歳に達した後、年金に加入していない状態で障害を負った
- 20歳に達するまで医師が障害の原因となっている疾病を発見できなかった
- 20歳前初発症の証拠が存在しない
2.年金制度の問題点
1959年(昭和34年)制定の国民年金法が、国民皆年金を実現するために特徴的に取り組まれた点として、次のことが挙げられます。
(1)既存の被用者年金制度(公的年金制度のうち、民間企業や官公庁等に雇用されている人が加入する年金)が、取り残された人々を対象に、拠出制の年金と低所得者への保険料免除制度を設けた点。
(2)拠出制年金によっても救済されない人々に対して、経過的・補完的な無拠出制の福祉年金を併設した点。
わかりやすく言うと、国民年金を納めていない人でも、何らかの形で年金が給付されるようにする為の制度です。
この段階で、収入のない主婦や学生は例外的に適用除外とされたため、障害無年金問題が発生する原因となりました。
3.任意加入制度を知らない
1991年(平成3年)まで、学生には年金の任意加入制度というものがありました。当時は、学生が年金を納めるのは任意だったのです。
しかし、学生が任意加入をしていない状態で障害を負うと、年金を納めていなかったと見なされ、障害基礎年金を受けることができないという問題がありました。(ただし、20歳に達しない学生については、この限りではありませんでした)
学生の任意加入制度については、国立大学の教員も知らず、身体障害者手帳を取得後、年金支給の申請手続きを行った時に知る人もいました。
さらに、老齢年金支給のために、国民年金を過去半年に遡って納付することは認められていましたが、障害年金については、保険料の遡及納付を相談しても認められませんでした。
4.年金加入に対する公報について
任意加入制度の広報については、不十分だったとみることができます。
広報などで周知したことに関して例を挙げると、過去の市政だよりにおいて、28年間で学生の任意加入制度について掲載されたのは5回のみで、デメリットについては紹介されていなかったという市もありました。
更に、任意加入だった当時は、ほとんどの学生が未加入でした。国民皆年金がスタートして30年が経過した1991年(平成3年)の時点でも、成人学生の年金加入率が低かったという実態があるのです。
年金が需給できるかどうかについては、たまたま事故に遭ったか遭わなかったかの違いであると言えます。この当時の周知状況・年金加入率を見る限り、障害を負った学生に責任があるとは言えません。
5 学生無年金訴訟について
この訴訟は、成人学生の年金が任意加入だった時代、未加入のまま事故や病気などで重度障害を負った学生が、障害基礎年金を受けられないのは年金制度や立法措置に不備があったためなどとして、年金不支給の取り消しや慰謝料を国に求めた訴訟です。2001年7月、全国で一斉に提訴されました。
原告側は、
(1)同じ20歳以上の国民であっても、学生でない者は国民年金に加入させ、所得が低ければ免除制度があった。この制度によって障害を負えば年金が支給されるのに、学生はこの適用除外されていたのは不平等
(2)学生には任意加入の道があったが、国は十分な周知を怠った
(3)1991年以降、20歳になった学生には特別の免除措置が取られ、障害を負った人には保険料の負担なしに障害基礎年金が支給されているのと比較しても不合理な差別があり、法の下の平等を保障した憲法14条に違反する
と言った内容でした。
6.学生無年金訴訟の運動の経過
学生無年金訴訟の運動の経過を、年表にしたものが以下になります。
1999年4月 38人の学生無年金障害者が障害基礎年金支給を求め裁定請求、審査請求を重ね、いずれも棄却され、再審査請求
2000年9月 社会保険審査会で全国38件の公開併合審理
2001年4月 社会保険審査会が38人全員の再審査請求を棄却
2001年7月 38人のうち29人が全国各地の9地裁で集団提訴
2002年8月 坂口厚生労働大臣が「試案」公表
2003年2月 東京地裁でいち早く原告への証人尋問開始
2004年3月 東京地裁で判決
2004年12月 学生無年金障害者を救済する法案が参議院で可決され成立
2005年4月 障害程度1級の人には月額5万円、2級の人には月額4万円が支給される
7 学生無年金訴訟における判決のポイント
判決のポイントは以下になります。
(1)昭和34年の国民年金制度発足時に学生を強制加入の対象にしなかったことは、憲法14条に違反するとは言えない
(2)学生無年金障害者に障害基礎年金が支給されないからといって、憲法25条に違反するとは言えない
(3)昭和60年の国民年金法改正時に学生を強制加入の対象にせず、無年金になった者と障害基礎年金を受給している者との間に著しい格差が生じた。これに対し、何らの救済措置も取られなかったことは、立法不作為であり、憲法14条に違反する。
上記のことから、原告側の主張を全面的に認めたわけではありませんが、実体論的には全面勝訴の判決となっています。
この判決によって、2005年(平成18年)には無年金障害者救済法が施行されました。この法律により、多くの学生無年金障害者が特別障害給付金によって救済されまたのです。