全国の皆さんこんにちは。私の声が皆さんに届いている頃は5月25日と26日に千葉市で開催される第78回の全国大会が終了している以後になると思いますけれども、全国大会で皆さんの要求を今年も丁寧に議論し、それを関係省庁に陳情しながら私たちの声が少しでも形となるよう、そして要求が実現するようにこの1年間努力していきたいと思います。  さて、今日は特に話題というものはないのですけれども、私が万博で点字の広報活動に少しだけ参加したことも含めて点字のことについてお話をしたいと思います。  この4月の13日から大阪で開催されている大阪・関西万博において、4月の19日から24日までの間、ビジョン・コンソーシアムという毎日新聞を中心とした組織が立ち上げてくれた活動の中で、私たちが点字というものを国内はもちろん、世界の皆さんにアピールする機会をいただきました。  ここでは点字の体験であるとか、点字についての様々な情報を、皆さんに知っていただく機会を設けたわけであります。こうした活動を通じて、私たちは今年がルイ・ブライユによって点字が考案されてから200年という節目を、1年間を通してどれだけ社会にアピールできるかということを続けているわけであります。そういうことの中から情報保障というものについて私自身、この間思っていることがあるのでお話をします。  それはですね、私たちは点字というものをどれだけ大事にしてきたかということでもあるんですけれども、最近は点字離れ、あるいはパソコン等を使って情報を獲得できるのだから点字はいらないんだというような風潮もないではありません。  しかしその考え方には少し危険な部分があります。なぜならば、耳から入る情報だけで私たちはどれだけ確実な情報を身につけ、あるいは情報を身につけるというのは、その情報によって自分自身の知識を高めたり思考力をつけていくということになるはずであります。そうした時に点字というものの役割をどれだけ意識できているか。私は読書の大半を点字ではなくて録音で行っていることは事実です。デイジー図書を1年間に数十冊読んでおります。しかしそれだけでは確実ではないということを常々感じております。私が愛読する司馬遼太郎であったり、宮本輝という小説家の本を耳で聞いているだけではどうしても頭に入らなかったり、そのフレーズあるいは熟語的なものをきちっと飲み込めないまま聞き流してしまっていることが非常に多いということに気づかされます。  これは点字というものとの組み合わせを考えないと知識というものが確実に自分のものにならないということを、私は体験しているという風に感じております。情報保障というのはどんどんいろんな形をとっております。  少し砕けた話でありますが、先日5月の4日に京都競馬場で開催された天皇賞に私も行ってきました。  私は馬主協会のお仕事をしている関係でも招待していただいたんですけれども、その場で競馬の予測をAIでやるということを体験しました。そういう意味では、AIがこれから私たちにどれほどの情報を与えてくれるか分かりませんけども、そうした手段の広がりの全てが大事なんだと、全ての組み合わせが私たちにとって必要なんだということを皆さんとともに認識していきたいと思います。