−−視覚障害リンクワーカーの手引き−− 1 はじめに  医療機関において、視覚障害になる可能性の告知を受けた患者は精神的に大きく落胆してしまい、引きこもりや精神疾患を発症するケースが少なくありません。また、最悪のケースでは、自殺に追い込まれることもあります(山田・小野,1989)。こうした事態を回避する上で、できるだけ早期に、患者の気持ちに寄り添いながら適切なタイミングで情報提供を行うとともに支援機関への橋渡しをする専門家が有効であると考えられます。  障害の告知後、できるだけ早期に介入するための先駆的な取り組みは、長年、様々な地域で、草の根的に行われてきました。近年では、病院内から早期介入を行うための取り組みがシステム化されてきており、スマートサイト(※1)や中間型アウトリーチ(※2)、個人や当事者団体による支援などの取り組みが精力的に行われています。こうした支援の成果もあり、多くの中途視覚障害者が社会復帰を果たしています。しかしながら、日本視覚障害者団体連合(以下、日視連)が実施した調査(日視連,2016;日視連,2017;三宅・中野ら,2018;橋井・中野ら,2018)では、視覚障害を受障してから日常生活や社会生活に必要な福祉の情報を得るまでの間に、5年以上の時間がかかっているケースが少なくないこともわかっています。その背景には、患者の揺れ動く気持ちに寄り添うような支援が十分にないことや、適切なタイミングで患者が必要とする情報や支援機関につなぐような人材の不足が挙げられます。視覚障害になる可能性の告知を受けた患者が早期から適切な支援が受けられるよう、既存のリンクワークに関する日本の支援体制をさらに強化していくような取り組みが求められます。  それを進めるためには、患者本人を主体として考えながら橋渡しをする専門家が必要です。この橋渡しを担う専門家をここでは、視覚障害リンクワーカーといいます。  英国では、1990年代から眼科病院を拠点として、早い段階から患者とその家族らに寄り添いながら支援を行うとともに、福祉・教育・就労等の社会資源(リソース)へ橋渡しを担う専門家であるECLO(Eye Clinic Liaison Officer)のシステムが確立されています。ECLOとは、英国の視覚障害者の当事者団体であるRNIB(The Royal National Institute of Blind People:英国王立盲人協会)が主催する研修を受け、ロンドン大学シティ校が認定した専門家であり、2023年8月の時点で177名がECLOとして活躍しています。また、そのうち、約半数が視覚障害になる可能性を告知された経験を有する視覚障害当事者である点も注目に値します。ECLOとなるための研修を受けた者が、障害の有無にかかわらず、視覚障害になる可能性の告知を受けた患者の早期支援・社会復帰に重要な役割を担っているのです。  日視連の調査(吉泉・中野ら,2022)で、日本においても、ECLOと同様の機能を果たす先駆的な実践が草の根的に行われていることがわかっています。各地域などで提供されているサービスの質は高いものの、日本全国で実施されているわけではありません。また、これらのサービスは、担当者個人の類い希な熱意、知識・技術、努力に支えられています。各地で実施されている早期支援に関する質の高い実践を全国的に提供していくためには、まず各地からノウハウを集約し、整理する必要があります。そこで、本手引きを作成することにしました。この手引きは、患者を必要なリソースにつなぐ専門家(視覚障害リンクワーカー)を増やすことと視覚障害リンクワーカーの支援の質を保つことを目的に作成しました。既にリンクワークを実践されている方々やこれから視覚障害リンクワーカーになる方々、医療機関および支援機関の方々に向けて取りまとめました。なお、この手引きを作成するにあたっては、英国のECLOのシステムおよびガイドライン(ECLO Quality Framework and Practice Guidelines)を参考にしました。 (※1)スマートサイト:ロービジョンケア関連施設やロービジョンについての情報が掲載された啓発用リーフレットを医師が必要とする患者に提供することを指します。また、リーフレットそのものを指すこともあります。2005年にアメリカ眼科学会が、連携の入り口を担うべきすべての眼科医が容易にその役割を果たせるように開始したのがスマートサイトのはじまりで、日本においては2010年に兵庫県版スマートサイト「つばさ」が作られ、2021年5月をもって47都道府県全てでスマートサイトが運用されています。スマートサイトには、地域のロービジョンクリニック、情報提供施設、盲学校・視覚特別支援学校、障害者自立支援センター、当事者団体・患者会、訓練施設等に関する情報が掲載されています。 スマートサイト関連情報 https://www.gankaikai.or.jp/info/detail/SmartSight.html (日本眼科医会ホームページ内) (※2)中間型アウトリーチ:支援者が眼科等視覚障害者と接点がある場所に出向いて、相談支援や情報提供を行うことです。従来型アウトリーチでは、支援者が視覚障害者の自宅を訪問して支援を行いますが、中間型アウトリーチでは日常よく訪れる場所で行うことができるので、困り感を感じていない、感じにくい状況にある場合には、気軽に相談支援や情報提供を受けることができます。 2 この手引きの目的  この手引きの目的は、視覚障害リンクワーカーが、患者本人を主体としながら、患者にとって適切な場所とタイミングで必要なリソース(各種の情報、様々な専門機関やサービス等)を提供する等のサポートをする役割を果たすことができるようにすることです。日本における既存のリンクワークに関する実践と英国のECLOのシステムおよびガイドライン(ECLO Quality Framework and Practice Guidelines)に基づいて作成しました。以下に手引きの主な目標を示します。 【目標1】 視覚障害リンクワーカーの役割に関する共通の枠組みを明らかにする 【目標2】 視覚障害リンクワーカーの適切な養成に資するため、その養成・研修を実施する上で指針となるポイントを提示する 【目標3】 視覚障害リンクワーカーの実践的取り組みをワーカー自身または患者本人や医療従事者が評価するための基準を示し、更なる支援の質の向上につなげる 【目標4】 視覚障害リンクワーカーが果たす役割について広く理解してもらうための参考資料とする。その対象は、患者やその家族、医療従事者、福祉・教育・就労等の各種支援機関の関係者等とする 3 視覚障害リンクワーカーの役割 1)気持ちに寄り添うサポート(エモーショナルサポート)  患者中心の精神に基づき、患者やその家族を対象として、傾聴・共感・承認等を行いつつ、その時々の感情や気持ちなどに共感的に寄り添います。 2)すぐに役立つサポート(プラクティカルサポート)  生活の質を保つための実用的な情報やアドバイス等を行い、患者が安心して日常を送るためのサポートをするとともに、必要なリソースを患者と一緒に確認します。  すぐに役立つサポート(プラクティカルサポート)は、気持ちの整理につながることがあるため、気持ちに寄り添ったサポート(エモーショナルサポート)と一体的に行うことが望まれます。 3)リンクワーク  患者のニーズに基づいて、患者やその家族を福祉・教育・就労等の各種支援機関に橋渡しすることに徹します。また、精神的な支援が必要な場合には、精神科医、公認心理師、臨床心理士などの専門家に患者を紹介します。 4)患者の意思決定支援  患者が、自分自身の利益や欲求、意思、権利を自ら主張できるようにサポートすることを重視しつつ、なんらかの理由で自身の権利を行使するのが困難な状況にある場合、その声を届けられるよう、また、権利が守られるようサポートします。 5)早期相談支援の意義に関する関係者への理解促進  患者が早期に視覚障害リンクワーカーにつながることができるよう、医療従事者に対して理解促進のための広報活動を行います。また、リンク先である各種支援機関などに対しても同様に広報を行い、密接に連携できるようにします。さらに、すべての国民に対して、リンクワークの必要性や障害の社会モデル・人権モデルの視点を普及する役割を果たします。 4 視覚障害リンクワーカーの活動 1)気持ちに寄り添うサポート(エモーショナルサポート)  患者の立場になって共感しながら、患者の話に耳を傾けることで、気持ちの整理につなげるための支援のことです。  このサポートは、精神科医、公認心理師、臨床心理士等の有資格者が行うような心理療法やカウンセリングではありません。そのため心理学系の資格を保有していることが条件とはなりませんが、視覚障害リンクワーカーは対人援助の場面において基本となるコミュニケーションを円滑にするための技法、心構えなどを事前に体得する必要があります。  なお、視覚障害リンクワーカーは、患者に自殺願望やセルフネグレクト等の兆候が見受けられる場合には、精神科医、公認心理師、臨床心理士などの専門家に患者をつなげる必要があります。  患者は同じ経験を持つ人の話を聞くことで気持ちの整理につながることがあります。そのため視覚障害のある視覚障害リンクワーカーが自らの経験を活かして、エモーショナルサポートにあたることは意味があります。ただし、自分の経験、体験、考え方などを強要することで、患者を追い込んでしまう場合もありますので、視覚障害当事者であっても、研修は必要不可欠です。 2)すぐに役立つサポート(プラクティカルサポート)  日常生活を送る上での困りごとを解消するためのちょっとした工夫を提供することです。シールを貼って物を区別したり、お湯をわかすために電子レンジを使うといった簡単な工夫によって、特別な支援を受けなくても、簡単に解決することがあります。  視覚障害リンクワーカーが、患者の日常生活を送る上での困りごとを聞き取り、プラクティカルな(実用的な)ちょっとした工夫を提供することはとても重要です。このサポートによって、患者は困難さを少しずつ解消し、それにつれて患者の気持ちも安定してきます。 3)情報収集・提供・紹介 (1)情報の把握  視覚障害リンクワーカーは、常に患者を中心に考え、患者の意向を尊重しながら、適切な時期に患者が必要とする正しい情報を提供したり、支援先へうまくつなげることが求められます。  そのために視覚障害リンクワーカーは、患者に活用できる福祉制度等の情報や既存の地域のリソース、各支援機関が提供しているサービスなどについて、十分把握し、関係づくりをしておく必要があります。 (2)ディレクトリー(アドレス帳)の作成  視覚障害リンクワーカーは、知り得る限りの地域のリソースや、各支援機関が提供しているサービス、その担当者および福祉制度を利用するための具体的な手順などを記録したディレクトリーを作成する必要があります。視覚障害リンクワーカーは、このディレクトリーを活用しながら、患者の支援にあたります。  また、ディレクトリーは、活動を通して把握した情報を追加し、絶えず更新していくことが大切です。そうすることで患者を確実に最適な支援につなげることができるとともに地域のネットワークを構築する上でも役立ちます。 (3)勉強会・研修会への参加とネットワークの構築・強化  視覚障害リンクワーカーは、福祉・教育・就労分野だけでなく、眼科などの医療分野を始め関連すると考えられる様々な勉強会や研修会に積極的に参加し、自己研鑽することが求められます。視覚障害リンクワーカーが勉強会や研修会に参加し、参加者との交流することは、新たなネットワークを構築するとともにネットワークを強化するのに役立ちます。 4)患者の意思決定支援  患者が社会生活を送る上で自己決定は必要不可欠ですが、精神的に不安定だったり、自信が持てなかったりなどの理由で患者が自らの意思を表し、それを行動に移すことが難しい場合があります。このような場合に視覚障害リンクワーカーは、患者の自己選択・自己決定を後押しするような情報を提供し、必要に応じて患者の意思表明を手助けします。その際、あくまでも患者主体であることを念頭におく必要があります。 (1)診察に同席し、眼科医と情報交換や情報提供を行う  患者や家族が精神的に不安定な時には、医師の説明を正しく理解することが難しく、話をそのまま聞き流してしまうこともあります。  このような場合を想定し、視覚障害リンクワーカーは可能であれば診察に同席し、医師の説明を平易な言葉で患者に伝えます。患者が疑問に思っていることや不安を感じていることを聞き取り、整理し、患者が医師の説明を理解したり、医師に確認したりする手助けをします。 (2)自己決定プロセスのサポート  視覚障害リンクワーカーは、患者が生活を維持するのに必要な各種福祉制度を利用するための情報を提供し、患者の自己決定を後押しします。また、申請手続きの際に同席し、必要に応じて書類の書き方を助言することもあります。 (3)教育・就労支援機関との面談に同席し、適切な支援を受けられるよう後押しする  患者がそのライフステージに応じて教育や就労等の支援を必要とする場合、視覚障害リンクワーカーは、予め支援制度に関する情報を提供し、患者やその家族の意思決定を後押しします。また、患者やその家族の求めに応じて支援機関との面談に同席し、支援機関の担当者の説明について患者や家族が疑問に思っていることや不安を感じていることを聞き取ります。それらを整理することで、患者や家族が支援制度を理解する手助けをします。これにより、適切な支援を受けることができるようになります。 (4)院内の安全対策および案内表示等の改善  患者が通院または入院している際の院内での移動の安全確保や部屋の入口などの位置をわかりやすくするといった、患者のニーズに応じた対策を医療機関に提案します。 5)患者のニーズの把握(ニーズ・アセスメント)  視覚障害リンクワーカーは、患者が明日への希望を持って社会参加をするために、患者や家族がどのようなことに困っていて、どのような支援や情報を求めているのかなどのニーズを丁寧に聞き取ります。ニーズを聞き取る際には、日常生活や社会生活、居住環境、教育・就労の状況、生計、日中活動・仲間づくり・社会参加等、幅広く聞き取ることが必要です。  視覚障害リンクワーカーは、患者の自己決定・意思決定を重視しながら、この聞き取ったニーズに基づいて、目標とするゴールを定めます。また、患者や家族と一緒に優先順位をつけて、アクションプランを策定します。このアクションプランは、必要に応じて専門家にも相談しながら作っていきます。 6)支援機関への紹介およびネットワークの構築、個人情報の保護  視覚障害リンクワーカーは、聞き取った患者のニーズを基に、福祉・教育・就労などと連携するわけですが、その際、個人情報の保護に留意する必要があります。日本では、医療機関と福祉・教育などの関連機関との間で個人情報をやり取りするためには、個人の同意が必要不可欠です。そのため、患者やその家族に関する個人情報を関連機関とやり取りする際には、個人情報保護法に基づいたルールづくりが必要です。例えば、患者の同意に基づいて機関間で個人情報保護に関する契約を結んだり、患者を介して個人情報をやり取りするために日本ロービジョン学会が発行しているロービジョン連携手帳を使用するなどの配慮を行う必要があります。  そのほかにも視覚障害リンクワーカーは、ロービジョンネットワーク等の既存のネットワークを活用しながら、日常的に医療機関や各支援機関とコミュニケーションを図ります。これにより一層の連携が期待できます。 7)障害者手帳、障害年金、就労支援、特別支援教育などに関すること  視覚障害リンクワーカーは、福祉手当や補装具・日常生活用具を受けるための基盤となる障害者手帳、同行援護や居宅介護を受けるための障害認定および障害年金などの福祉制度、就労移行支援や障害雇用率等の障害者就労に纏わる制度、障害のある子どもの学びの場に関する特別支援教育制度などをライフステージに応じて説明するとともにこれらを利用するメリットを説明します。そのために視覚障害リンクワーカーは、各種福祉制度とその制度上の注意点(障害福祉サービスと介護保険サービスとの関係等)を理解している必要があります。なお、これらの手続きは、より専門的な知識が必要となるので、医師や視能訓練士、相談支援専門員、社会福祉士、歩行訓練士、社会保険労務士、ジョブコーチ、障害者職業カウンセラー、特別支援教育コーディネーターなどと連携をしながら丁寧に進めていきます。 8)フォローアップ  視覚障害リンクワーカーは、情報提供や支援先につなげて終わりではなく、患者や家族が話したいことがある場合には、いつでも対応します。また、患者の意思を尊重し策定したアクションプランを基に進捗状況を確認するとともに患者のフォローアップをします。このフォローアップは1年以内に行うことが望ましく、患者がフォローアップを求めない場合には無理に行ないません。あくまで患者の意思を尊重します。 9)活動記録の共有  「6)支援機関への紹介およびネットワークの構築、個人情報の保護」にあることに留意しながら、医療機関、視覚障害リンクワーカー、支援機関の3者間で情報共有を行うことが重要です。  3者が患者の情報を共有するためには2つの方法が考えられます。1つは、患者の同意を得た上で、個人情報保護に関する契約を締結し情報共有を行うことです。2つ目が、日本ロービジョン学会の「ロービジョン連携手帳」や京都ロービジョンネットワーク「支援依頼書」、神戸アイセンター病院の「連携シート」などを活用する方法です。これらは、患者が各機関を行き来する際に携帯することで、患者の意思によって個人情報(医療情報や支援状況等)を提供するシステムで、他機関での情報共有において有効です。視覚障害リンクワーカーは、情報共有の方法を参考にしながら、医療機関や支援機関と連携し、地域の実情に沿った情報共有方法を模索する必要があります。 5 視覚障害リンクワーカーの評価と分析  視覚障害リンクワーカーが、実際に支援した患者・家族、医療機関、支援機関の役に立っていたのか、今後どのような方向性が求められるのかを総合的に評価する仕組みを作り上げることは、今後、視覚障害リンクワーカーの支援をより一層充実させるために極めて重要です。  具体的には、患者や家族に対して、同意を得た上で、必要としていた情報を適切なタイミングで得ることができたか、ライフステージに応じた支援先につながることができたかなどを確認する(評価を受ける)必要があります。  一方、医療機関や支援機関に対しては、視覚障害リンクワーカーが患者を支援したことで、メリット(業務の負担が減ったなど)があったか、今後の課題はなにか等を評価してもらいます。  これらの評価から得られた情報は、日視連が取りまとめ、PDCAサイクル(※3)を回すことで、研修や視覚障害リンクワーカーの提供するサービスの質の継続的な改善に活かします。 (※3)PDCAサイクル:Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(対策・改善)の4つのプロセスを繰り返し、目標達成や業務改善を行うフレームワークのこと。 6 さいごに  視覚障害リンクワーカーは、相談の中で、患者やその家族の不安や怒りなどの複雑な感情に共感したり、寄り添ったりすることから、ストレスを抱えることになりがちです。また、一人職場の場合、ともすれば孤立し、一人で悩みを抱えてしまう可能性があります。そのため、視覚障害リンクワーカーのメンタルケアは必要不可欠です。視覚障害リンクワーカーの様々な相談に対応できるスーパーバイザーが必要であり、併せて、視覚障害リンクワーカーが孤立しないように、情報交換・意見交換できる交流の場を設けることも求められます。視覚障害リンクワーカーによる支援を事業として継続させ、発展・充実させるためには、今後、視覚障害リンクワーカー自身をケアするフォローアップの体制の整備を検討する必要があります。 (2024年3月)