「白い世界」 神奈川県  石井(いしい) 史子(ふみこ) 「全く見えないわけではないですよね?どのくらい見えているんですか?」 こんな質問をよく受ける。  私は59歳で視覚障害者、網膜色素変性症という難病、と診断名をいただきもう30年。白杖をついてヨタヨタ歩きで外出しているおばさんだ。まだ全盲ではなく弱視なので人がいる、車が来た?くらいはわかるし、モノに顔を10センチ位近づければ形はわかる。 大きな文字なら運が良ければ読める時もある。 ただし極端に視野が狭い。色の薄いもの、コントラストがはっきりしないものがわからない。遠近感も怪しい。よって柱や壁にぶつかる、ちょっとした段差で転ぶ、横から来た人にぶつかってしまう、などは頻繁に起こる。なので白杖をついてゆっくり、ヨタヨタ歩きになる。  一方で「何かお手伝いしましょうか?」と街で声掛けしてくださる方の多くは全く見えないおばさんが1人で歩いていると思っている。また、誘導してくださる駅員さん、店員さんは、私がどのくらい見えないのか、外見からはわからない。だから人が立っていたり大きな物が置かれている時に止まったりすると、前述の質問をされることになる。  先日、最寄駅からJRに乗り、遠方の駅で私鉄に乗り換えなければならないことがあった。乗り換え駅で誘導をお願いし、駅員さんの肩に左手を置かせてもらい、駅構内の大きな柱の横を通った時もそうだった。 「今の大きな柱は見えました?どんな感じで見えるのか、聞いてもいいですか?」 20代と思われる若い駅員さん。息子と同年代?質問されるのは大歓迎!なぜなら私達弱視の視覚障害者を知ってもらえるチャンスだからだ。 「もちろんです。私は視野が狭く、皆さんの視野が50インチテレビだとすると、私の視野はスマホくらいです。だから横から人が来てもよけられないんです」 「ああ、なるほどね。では真正面ならよく見えますか」 「視力も右眼が0.1。左はほとんどないです。見え方は、えーっと車の運転はされますか?」 「あ。私ですか?」 「はい」 「免許持っています。時々運転しますけど」 「お天気の良い日、トンネルからパッと出ると、眩しくて一瞬真っ白になってよく見えないでしょ。私の場合、昼間お天気の良い日はその眩しい状態がずっとなの。だからこんな人相の悪くなる黒いサングラスかけて歩いているわけ(笑)」 「(真顔で)それじゃあ目も痛いし、頭も痛くなってしまう、、」 「そうですね、でもこうして誘導していただけると、自分で一生懸命見なくても大丈夫だから、楽です。本当は白杖ついて見えなくても歩ける人もいるのだけれど、私はまだちょっと見えるから、無理やり見ようとしてしまって、なかなか難しいです」 「ボクがちゃんと連れて行きますから、目をつぶっていても大丈夫です」  手をかけさせてもらっている肩に力が入った感覚があった。 「私は見えなくなるって、以前は見えている状態から真っ暗になることだと思っていました。これから真っ暗になるのかもしれないけれど、今は世界が真っ白。建物の中や朝晩の薄暗いときは、山で急に濃い霧が出てきたような感じです」 「僕も見えないって黒くなるんだと思ってました。真っ白も物が見えないですよね」  駅員さんはそうか!という感じで、何度かうなずいてから 「勉強になりました」 と言ってくれた。  程なく私鉄の改札に着いた。 「ありがとうございました」 「お気をつけて」 事前に連絡して頂いていたので、私鉄の駅員さんが改札で待っていてくれた。 「こんにちは、ご案内します」 「お願い致します」 「がんばります!肩どうぞ」 可愛らしい女性の駅員さんだ。 肩に左手を置かせてもらい、改札を抜け、エレベーターでホームに降りる。弱視だと伝えると、どのくらい見えるんですか?と尋ねられたので、先ほどと同様、視界が白くなっていると言うと 「白い世界なんですね、、」と女性駅員さんは、しんみりとしてしまった。  しかし、私は白い世界って響きがいいなあと思った。 「白い世界って素敵な表現!いいです」 「ホントですか?」 「はい、とっても気に入りました(笑)」 「よかったです(笑)私、もっと誘導上手になれるように頑張ります」  電車がきた。 「お気をつけて。降車駅にも連絡してあります」 「ありがとうございました」 お互い手を振って別れた。  白杖を使うようになって7年目。見えにくくなったから出会えた・話せた人は大勢いる。白い世界に生きるのも、悪いことばかりではない。  降車駅に着いた。ドアの前に駅員さんがいる。多くの人の手を借りて、目的地に着くことができる。また質問されるといいなあ。  「どのくらい見えているんですか?」