令和3年(行ツ)第73号 非認定処分取消請求事件 令和4年2月7日 第二小法廷判決 主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人折田泰宏ほかの上告理由について 第1 事案の概要等 1 本件は、専門学校を設置する上告人が、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年法律第217号。以下「法」という。)に基づき、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設で視覚障害者(法18条の2第1項に規定する視覚障害者をいう。以下同じ。)以外の者を養成するものについての法2条1項の認定を申請したところ、 厚生労働大臣から、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があるとして、平成28年2月5日付けで、 法19条1項の規定(以下「本件規定」という。)により上記認定をしない処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、 本件規定は憲法22条1項等に違反して無効であると主張して、被上告人を相手に、本件処分の取消しを求める事案である。 2(1)法1条は、医師以外の者で、あん摩、マッサージ若しくは指圧、はり又はきゅうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マッサージ指圧師免許、はり師免許又はきゅう師免許を受けなければならないと規定する。  (2)法2条1項は、上記各免許は、大学に入学することのできる者で、3年以上、文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとして、文部科学大臣の認定した学校又は厚生労働大臣等の認定した養成施設において、解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マッサージ指圧師、はり師又はきゅう師となるのに必要な知識及び技能を修得したものであって、  同大臣の行うあん摩マッサージ指圧師国家試験、はり師国家試験又はきゅう師国家試験に合格した者に対して、同大臣が、これを与えると規定し、同項1号において、同号所定のあん摩マッサージ指圧師に係る養成施設の認定は同大臣が行う旨規定する。  また、同条3項は、同条1項の学校又は養成施設の設置者は、生徒の定員等を変更しようとするときは、あらかじめ、文部科学大臣、厚生労働大臣等の承認を受けなければならないと規定する。  (3)本件規定は、法の附則中の規定であり、「当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、  視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。」と規定する。  また、法19条2項は、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、本件規定により認定又は承認をしない処分をしようとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならないと規定している。 3 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。  (1)本件規定は、昭和39年法律第120号による法の改正により設けられたものである。   上記法律は、昭和39年6月、第46回国会において、衆議院社会労働委員会が提出した法律案が可決されて成立したものであるところ、  同委員会においては、委員から、本件規定の趣旨について、あん摩業は、視覚障害がある者にとって古来最も適当な職業とされてきたところ、近時、それ以外の者のため、その職域を圧迫される傾向が著しい状況にあることから、  あん摩マッサージ指圧師(当時の呼称は「あん摩師」。以下、時点を問わず「あん摩マッサージ指圧師」という。)について視覚障害がある者を優先する措置を講ずるものである旨の説明がされた。  本件規定の内容について、現在まで実質的な改正はされていない。  (2)視覚障害がある者の就労状況等は、大要、以下のとおりである。 ア 視覚障害がある者の総数(18歳以上の推計値)の推移は、第1審判決別紙1の「視覚障害者の総数」欄に記載のとおりであり、昭和35年に20万2000人、平成18年に31万人であった。  視覚障害がある有職者の数及びその視覚障害がある者の総数に占める割合(就業率)の推移は、同別紙の「視覚障害者の内有職者」欄に記載のとおりであり、昭和35年に7万2114人で35.7%、平成18年に6万6340人で21.4%であった。  また、あん摩、マッサージ若しくは指圧、はり又はきゅうに従事する視覚障害がある者の数及びその視覚障害がある有職者の数に占める割合の推移は、同別紙の「有職者の内のあはき師」欄に記載のとおりであり、昭和35年に2万7548人で38.2%、平成18年に1万9637人で29.6%であった。 イ 平成15年において、視覚障害に係る身体障害者手帳の交付を受けたあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師のうち、その障害の程度が重く等級が1級又は2級である者の割合は83.8%であった。 ウ 公共職業安定所(ハローワーク)における視覚障害がある者に対する職業紹介の全体件数のうち、あん摩マッサージ指圧師免許、はり師免許又はきゅう師免許を基礎とした職業に係る件数の割合は、平成18年度から同26年度までにおいて、いずれも5割以上(重度の視覚障害がある者に限れば7割以上)であった。 エ 平成25年において、あん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の年間収入の平均値は、視覚障害がある者が290.0万円、それ以外の者が636.2万円であった。  このうち視覚障害がある者について、年間収入が300万円以下の者の割合は76.3%であった。 オ 視覚障害がある者に対する教育を行う特別支援学校における生徒数等の推移は、第1審判決別紙2に記載のとおりであり、あん摩マッサージ指圧師国家試験に必要な科目を履修する高等部の保健理療科及び理療科の生徒数は減少傾向にある。  (3)あん摩マッサージ指圧師の養成状況等は、大要、以下のとおりである。 ア 昭和37年において、あん摩マッサージ指圧師の総数は5万1477人であり、このうち視覚障害がある者以外の者(2万0619人)の割合は40.1%であった。  これに対し、平成26年において、あん摩マッサージ指圧師の総数は11万3215人であり、このうち視覚障害がある者以外の者(8万7216人)の割合は77.0%であった。 イ あん摩マッサージ指圧師に係る学校及び養成施設(以下、学校及び養成施設を併せて「養成施設等」という。)の定員(1学年)は、昭和39年度に合計3980人であり、平成9年度以降においては第1審判決別紙3に記載のとおりであって、同年度に合計2973人、同27年度に合計2706人であった。  上記定員のうち視覚障害者以外の者の割合は、昭和39年度に36.8%であったところ、平成9年度に40.7%、同27年度に45.8%と増加した。 ウ あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものは、平成27年度において、10都府県に合計21施設あり、その定員(1学年)は合計1239人である。 エ 視覚障害者以外の者を対象とする養成施設の定員に対する受験者数の割合は、平成27年度において、あん摩マッサージ指圧師の昼間養成施設が149.2%、同夜間養成施設が118.6%、  あん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の昼間養成施設が202.3%、同夜間養成施設が296.6%であった。 第2 上告理由のうち本件規定の憲法22条1項違反をいう部分について 1(1)本件規定は、法の下での養成施設等の位置付けに照らせば、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものの設置及びその生徒の定員の増加について、許可制の性質を有する規制を定め、  直接的には、上記養成施設等の設置者の職業の自由を、間接的には、上記養成施設等において教育又は養成を受けることにより、免許を受けてあん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者の職業の自由を、それぞれ制限するものといえる。  (2)憲法22条1項は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由も保障しているところ、こうした職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その同項適合性を一律に論ずることはできず、  その適合性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。  この場合、上記のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきものであるところ、  その合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得るのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものである。   一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、  職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである  (以上につき、最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照。)。  (3)本件規定は、その制定の経緯や内容に照らせば、障害のために従事し得る職業が限られるなどして経済的弱者の立場にある視覚障害がある者を保護するという目的のため、あん摩マッサージ指圧師について、その特性等に着目して、一定以上の障害がある視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外の者等の職業の自由に係る規制を行うものといえる。  上記目的が公共の福祉に合致することは明らかであるところ、当該目的のためにこのような規制措置を講ずる必要があるかどうかや、具体的にどのような規制措置が適切妥当であるかを判断するに当たっては、対象となる社会経済等の実態についての正確な基礎資料を収集した上、多方面にわたりかつ相互に関連する諸条件について、将来予測を含む専門的、技術的な評価を加え、  これに基づき、視覚障害がある者についていかなる方法でどの程度の保護を図るのが相当であるかという、社会福祉、社会経済、国家財政等の国政全般からの総合的な政策判断を行うことを必要とするものである。このような規制措置の必要性及び合理性については、立法府の政策的、技術的な判断に委ねるべきものであり、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきものと解される。  (4)以上によれば、本件規定については、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白な場合でない限り、憲法22条1項の規定に違反するものということはできないというべきである。 2(1)前記事実関係等によれば、視覚障害がある者は、その障害のために従事し得る職業が限られ、一般的に就業率も高くないところ、あん摩マッサージ指圧師は、本件規定の施行以前から、その障害にも適する職種とされ、その多くが職業として就いていた。  その後、視覚障害がある者のうちあん摩マッサージ指圧師の数及びその割合は減少傾向にあるものの、本件処分当時においても、あん摩マッサージ指圧師は、視覚障害がある者のうち相当程度の割合の者が就き、また、その障害の程度が重くても就業機会を得ることのできる、主要な職種の一つであるということができる。  現に、あん摩マッサージ指圧師は、障害者の雇用の促進等に関する法律48条1項及び同法施行令11条により、所定の視覚障害がある者に係る特定職種(労働能力はあるが障害の程度が重いため通常の職業に就くことが特に困難である身体障害者の能力にも適合すると認められる職種)として定められている。  その一方で、あん摩マッサージ指圧師のうち視覚障害がある者以外の者の数及びその割合やあん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等の定員のうち視覚障害者以外の者の割合は増加傾向にあり、また、あん摩マッサージ指圧師のうち視覚障害がある者の収入はそれ以外の者よりも顕著に低くなっている。   これらの事情に加えて、視覚障害がある者にその障害にも適する職業に就く機会を保障することは、その自立及び社会経済活動への参加を促進するという積極的意義を有するといえること等も考慮すれば、視覚障害がある者について障害基礎年金等の一定の社会福祉施策が講じられていることを踏まえても、  視覚障害がある者の保護という重要な公共の利益のため、あん摩マッサージ指圧師について一定以上の障害がある視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の増加を抑制する必要があるとすることをもって、不合理であるということはできない。    (2)あん摩マッサージ指圧師免許を受けるには、認定を受けた養成施設等において教育又は養成を受ける必要があるものとされていること(法2条1項)からすれば、上記の抑制のため、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものについての認定又はその生徒の定員の増加の承認をしないことができるものとすることは、規制の手段として相応の合理性を有する。  そして、本件規定は、上記養成施設等の設置又はその生徒の定員の増加を全面的に禁止するものではなく、文部科学大臣又は厚生労働大臣において、諸事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときに限り、上記の認定又は承認をしないことができるとするものにとどまる。  さらに、その旨の処分をしようとするときは、あらかじめ、学識経験を有する者等により構成される医道審議会の意見を聴かなければならないものとして(法19条2項)、当該処分の適正さを担保するための方策も講じられている。  また、あん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者は、既存の養成施設等において教育又は養成を受ければ、あん摩マッサージ指圧師国家試験に合格することにより、免許を受けることが可能である。  そして、前記事実関係等によれば、本件処分当時においても、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものは、10都府県に合計21施設あり、その1学年の定員は合計1239人と相当数に及んでおり、その定員に対する受験者数の割合も著しく高いとまではいえないことからすれば、  本件規定による上記の者の職業の自由に対する制限の程度は、限定的なものにとどまるといえる。  (3)以上によれば、本件規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるということはできない。 3 したがって、本件規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。   以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。  論旨は採用することができない。 第3 その余の上告理由について   論旨は、違憲をいうが、その前提を欠くものであって、民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。   よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。   なお、裁判官草野耕一の意見がある。  裁判官草野耕一の意見は、次のとおりである。  私は、多数意見の結論に賛同し、その理由にもおおむね賛同するものであるが、結論に至る論理を多数意見と異にする部分もあるので、以下私の思うところを敷衍したい。 1 法は、@あん摩、マッサージ又は指圧(以下、単に「マッサージ」という。)、Aはり及びBきゅうの各施術を業として行うための免許及び国家試験をそれぞれ別のものとして規定しているが、  憲法22条1項適合性の問題を考えるに当たっては、職業の異同を現行法上の免許及び国家試験の分類どおりに捉えるべき必然性はない。  思うに、職業活動の主たる意義の一つは、当該職業活動が生み出す商品役務の効用(福利の増加)にあるから、同等のコストで他の商品役務を調達しても得ることのできない効用をもたらす商品役務の提供活動は、これを一つの独立した職業として捉えることが合理的である。  この点を踏まえていえば、一人の被施術者に対して、はり及びきゅうのいずれか又は双方の施術とマッサージの施術とを併用して行う施術業(以下「総合施術業」という。)は、これらの各施術を個別に行う職業とは異なる独自の職業とみることが可能である。  なぜならば、@総合施術業は、上記の各施術を組み合わせることによって、これらの個別の施術によっては得ることのできない効用を被施術者にもたらし得る業務であり、かつ、  A総合施術業を行い得る者(以下「総合施術師」という。)なくして同等のコストで同等の効用を得ることはできないからである  (なお、以下、マッサージの施術のみを行う業務を「マッサージ業」、マッサージ業を行う者を「マッサージ師」といい、はり及びきゅうのいずれか又は双方の施術のみを行う業務を「鍼灸業」、鍼灸業を行う者を「鍼灸師」という。)。  そうであるとすれば、総合施術師の養成業もまた、マッサージ師のみの養成業や鍼灸師のみの養成業とは異なる独自の職業とみることが可能である。  そして、本件において上告人が認定の申請をした養成施設は、当該施設において養成を受けることにより、あん摩マッサージ指圧師国家試験、はり師国家試験及びきゅう師国家試験の全ての受験資格が得られるものであるから、  総合施術師の養成施設等(以下「総合施術師養成施設等」という。)としての性格を有するものといえる(以下、現行法の下でのあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の養成施設等は総合施術師養成施設等に当たるものとして、論を進める。)。  なお、鍼灸師の養成施設等は本件規定の適用対象とされていないが、総合施術師養成施設等は、あん摩マッサージ指圧師国家試験の受験資格を付与するものであり、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等に当たることから、本件規定の適用対象となるものである。 2 職業活動の主たる意義の一つが当該職業活動が生み出す商品役務の効用にあることは、既に述べた。そして、この効用が生み出す付加価値が、市場の働きを通して、当該商品役務の供給者と需要者の双方に利益をもたらすことは、普遍の真理といえる。   これまで、憲法22条1項適合性の問題は、主として、商品役務の供給者の利益に対する制約の問題として論じられてきたように思われるが、職業活動に対する制約は、当該職業活動が生み出す商品役務に対する需要の充足を妨げ、その需要者が受ける利益を減少させることにつながるから、  職業活動に対する制約の合理性を考えるに当たっては、それによってもたらされる需要者の利益の減少についても検討がされるべきである。  そして、需要者の利益を論ずるに当たっては、特定の商品役務に対する需要のみならず、その派生需要(ある商品役務に需要が発生することによって当該商品役務の生産要素に関して生み出される新たな需要)も併せて検討しなければならない。  これを本件に則していえば、総合施術師は総合施術業の生産要素であるから、総合施術師の養成業に対する需要は、総合施術業に対する需要の派生需要にほかならない。  そのため、総合施術師の養成業に対する制約がもたらす需要者の利益の減少について検討するに当たっては、@総合施術師の養成業に対する需要とA総合施術業に対する需要の双方を考察の対象としなければならないのである。 3 以上を踏まえることによって、本来は更なる審理をすべきであった事項がいくつか浮かび上がると思われるが、その中でも最も重要な事項を一つ指摘しておきたい。   それは、総合施術師の養成業及び総合施術業に対する超過需要の発生の有無及び程度である。この点に関しては、原審の認定した事実からだけでも、ある程度のことはうかがい知ることができる。  すなわち、平成10年度から同27年度までの期間において、本件規定の適用対象外である鍼灸師の養成施設等は、施設数が14から93へ、1学年の定員が合計875人から合計5665人へと大幅に増加した。  これに対し、上記期間において、視覚障害者以外の者を対象とする総合施術師養成施設等は、施設数が18から19へ、1学年の定員が合計903人から合計974人へとわずかに増加したにとどまり、また、視覚障害者を対象とする総合施術師養成施設等は、施設数が69から63へ、1学年の定員が合計958人から合計719人へと減少している。   これらの事実によれば、少なくとも上記期間においては、総合施術師の養成業に対する超過需要が存在したものの、本件規定が総合施術師養成施設等に適用されたことにより、当該需要の充足が妨げられてきたが、それにもかかわらず視覚障害者の総合施術業への新規の就労は増加しなかったことがうかがえる。  そして、総合施術師の養成業に対する需要は総合施術業に対する需要の派生需要であるから、上記期間においては、総合施術業に対する超過需要もまた存在していたにもかかわらず、総合施術師となる視覚障害者以外の者の数が制限される一方で総合施術師となる視覚障害者の数が増加しなかったことによって、当該需要の充足が妨げられてきたことがうかがえる。  そして、以上のことが本件処分当時も成立しており、それによって総合施術業の需要者の利益の減少が生じているとすれば、本件規定の合憲性については、これらのことも考慮に入れた検討がされてしかるべきであろう。  もっとも、仮に総合施術業の需要者の利益の減少が生じているとしても、それによって直ちに本件規定を総合施術師養成施設等に適用することが不合理であると断定することは早計であろう。  なぜならば、本件規定の総合施術師養成施設等への適用を排除した場合において、新規に資格を取得する総合施術師のうちの相当数が(総合施術業に専念するのではなくして)マッサージ業に参入し、結果として、マッサージ業における視覚障害者の職域の確保を妨げるおそれがあるとすれば、  総合施術師養成施設等を本件規定の適用対象とすることにつき、なお合理性を認め得る余地があるからである。  この点について的確な判断をするためには、本件において既に検討されている問題に、総合施術業に対する超過需要の有無及び程度や上記の参入の問題等(上記の参入を防止する措置の実行可能性の問題を含む。)をも加えて、総合的に検討することが必要であろう。 4 以上のとおり、本件においては、憲法上の争点に総合施術師の養成業という独自の職業に対する制約の問題が含まれるものと考えるが、そうであるからといって、当然に本件の結論が覆るわけではない上、本件においては、上告人自身が上記のような職業の捉え方を少なくとも明示的には主張していないのであるから、  原審が特にこのような観点からの審理、判断をしなかったことを違法ということはできない。  そして、原審の判断及びこれに対する論旨の内容を前提とする限り、論旨に理由が認められないことは多数意見の指摘するとおりである。  よって、私もまた、本件上告はこれを棄却することが相当であると考える次第である。 (裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 三浦守 裁判官 草野耕一 裁判官 岡村和美)