令和3年7月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 令和2年(行コ)第53号 各非認定処分取消請求控訴事件 (原審・大阪地方裁判所平成28年(行ウ)第187号(第1事件)、第188号(第2事件)) 口頭弁論終結日 令和3年3月24日 判 決 控訴人(原審原告) 学校法人平成医療学園  同代表者理事長 岸野雅方 被控訴人(原審被告) 国  主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 厚生労働大臣が平成28年2月5日付で控訴人に対してした、平成医療学園専門学校に係るあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の養成施設の認定申請については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律附則19条1項により認定しない旨の処分を取り消す。 3 文部科学大臣が平成28年1月29日付で控訴人に対してした、宝塚医療大学保健医療学部鍼灸学科に係るあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の学校の認定申請については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律附則19条1項により認定しない旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要  本判決の略称は、原判決の例による。 本件は、控訴人が、法2条2項により、 (ア)控訴人の設置する本件専門学校について視覚障害者以外の者を対象とするあはき師の養成施設の認定の申請を厚生労働大臣にしたところ、厚生労働大臣が、控訴人に対し、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするために必要があるとして、 平成28年2月5日付けで上記申請について本件規定により認定しない旨の処分をし(本件第1処分)、 (イ)控訴人の設置する宝塚医療大学の本件学科に、対象を視覚障害者に限らずにあん摩マッサージ指圧師を養成する学校の認定を文部科学大臣に申請(以下、本件第1処分の申請と合わせて「本件申請」という。)したところ、 文部科学大臣が、控訴人に対し、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするために必要があるとして、平成28年1月29日付けで上記申請について、本件規定により認定しない旨の処分をした(本件第2処分)ことから、 控訴人は、本件規定が職業選択の自由及び適正手続の保障を侵害するものであり、憲法22条1項、憲法31条、13条に反して無効であるとして、本件第1処分(第1事件)及び本件第2処分(第2事件)をそれぞれ取り消すことを求めた事案である。  原判決は、本件規定が憲法22条1項に反して無効であるとはいえないこと、また、本件規定が憲法31条、13条に反することもなく、本件規定を適用して本件各処分をしたことが憲法22条1項、14条1項に反して違法であるということもできないとして、原告の請求をいずれも棄却した。 控訴人は、これを不服として控訴し、当審において、本件第2処分について 本件規定が憲法23条における大学における教育の自由や晴眼者の大学教育を受ける権利(憲法26条1項)を侵害していることから無効であるという主張を追加して、本件第1処分及び本件第2処分の取り消しを求めた。 第3 法の定め及び前提事実  原判決「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」の「1 法の定め」、「2 前提事実(争いのない事実、顕著な事実並びに掲記の証拠(枝番の存するものは特記がない限り全枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)」(原判決3頁2行目から7頁8行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 ただし、原判決5頁7行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「上記宝塚医療大学は学校教育法第1条に定める大学であり、文部科学大臣により認可され、同法83条により「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用能力を展開させることを目的とする」ものである。 同大学は、保健医療学部に3学科(理学療法学科、柔道整復学科、鍼灸学科)を設置して、理学療法士、柔道整復師、鍼灸師を養成している。」 第4 争点及び争点に関する当事者の主張 1 争点  争点は、原判決7頁13行目の末尾に改行の上、次の争点を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄の第2の「3 争点」(原判決7頁9行目から13行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 「(4)本件規定が憲法23条・26条1項に反し無効であるか(争点4) (5)本件規定を適用して本件第2処分をしたことは憲法23条・26条1項に反し、連法であるか否か(争点5)」 2 争点に関する当事者の主張の要旨  争点に関する当事者の主張の要旨は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄の第2の「4 争点に関する当事者の主張の要旨」(原判決7頁14行目から19頁16行目まで)のとおりであるからこれを引用する。 (1)原判決7頁17行目の「判断枠組み」を「憲法22条1項の違憲審査基準について」と改め、同行の末尾に改行の上、 「(ア)制約される権利の性質、内容について」を加え、24行目から8頁18行目までを次のとおり改める。 「そして、制約される職業選択の自由は、現代社会においては各人が自己の持つ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する権利であるから、最大限に尊重されなければならず、単なる経済的自由に対する規制よりも厳格な基準で判断されなければならない。 (イ)制約の内容の合理性について  加えて、学校又は養成施設の設置ないし定員増加に当たっては、厚生労働大臣又は文部科学大臣の認定又は承認を得る必要があるのであるから、この認定又は承認をしない場合につき規定する本件規定は、客観的な許可基準による事前規制に該当し、規制内容としては非常に強いものである。 ところが、本件規定は、「当分の間」という時間的に不明確な適用範囲の問題があるのみならず、現在のあん摩マッサージ指圧師の総数に占める晴眼者の割合や教育課程に在籍する晴眼者の占める割合等の考慮事情により「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるとき」という要件に当たるかを判断することとしているが、 この要件自体も内容が不明確である上、上記の考慮事情と要件との関連性も明らかではない。 このような場合、より厳密に目的と手段の関係性の審査をするなどして制約内容の合理性が確認されなければならない。 (ウ)政策の転換  さらに、本件規定が設置された頃は、障害者は社会生活を送る上で国家の保護を必要とする他者依存的な存在であるという考え方を前提としたが、現在では、障害者と非障害者を対等にみる観点からこのような考え方から脱却し、障害者を専ら保護の対象とみるのではなく、合理的配慮義務等により非障害者と障害者があらゆる場面で同等の条件で競争することができるようにする政策が求められるようになった。」 (2)同11頁4行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「(エ)また、立法当時から憲法適合性が問題とされた本件規定について、仮に立法当時の状況において正当性が認められたとしても、55年経過した現在において、被控訴人が、立法事実の存在、規制の必要性と合理性を主張、立証できなければ、職業選択の自由を事実上禁止する本件規定の正当性は喪失したものと考えるのが相当である。」 (3)同11頁23行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「(ア)本件規定の時間的適用範囲に合理性がないこと a 「当分の間」の意味が明らかでないこと  立法担当者による「当分の間」についての説明(原判決9頁17行目から20行目まで)は、適職は個々人によって異なるから「適職が見いだされる」までとすることが不合理である点において、また、適職が見つからなかったとしても視覚障害者に対する所得保障等の福祉政策が十分に行われれば「当分の間」は終了することとなる点において、失当である。 さらに、あん摩マッサージ指圧師の収入(年金も含めて)がどの程度であれば生計の維持が著しく困難とならないと考えるのかも明らかではない。 また、原判決における「当分の間」の解釈によると、被控訴人が視覚障害者に対する福祉施策等の実現を怠り、あるいは視覚障害者側がこの法律から得る既得権を放棄しない限り、晴眼者を対象とする学校・養成施設置者の権利は制限され続けることとなり、「当分の間」と規定することで職業選択の自由の制限に時間的限定をした機能が果たされていない。 これらによれば、被控訴人が何らかの対策をとったとしてもその効果がなく、視覚障害者の生計の維持が著しく困難となることが続くような場合には、社会通念上「当分の間」といえるだけの一定の期間が経過すれば、本件規定が適用されるべき期間は既に経過したとみなし、本件規定は憲法に適合しなくなると考えるべきである。 b 有資格者中割合及び生徒中割合について  視覚障害者の数は、眼科医療の進歩もあり、平成3年をピークに減少傾向であることは明らかである。 さらに、視覚障害者のあはき師関係業務就職者数は減少を続けており、盲学校、特別支援学校の在学者数、卒業後あん摩マッサージ指圧師の資格取得のために専攻科に進学する者の数のいずれも減少している。 この状況においては、いずれも視覚障害者の占める割合に比べて晴眼者の割合が減少することはなく、晴眼者のための大学又は養成施設の新設、定員増加ができない以上、「当分の間」が終了することはあり得ないことになり、視覚障害者の保護のために晴眼者の職業選択の自由を制限する方法としては、合理的ではない。 c 視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするために必要があること(視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師に対する依存状況)について  視覚障害者の就職状況、収入状況について、厚労省が5年ごとに実施している「身体障害児・者実態調査」の結果(平成18年までのもの)によると、視覚障害者の就業率は、あはき師関係業務就業者数について昭和55年をピークにその後減少し、有職者に占める割合も同年に41.3%となった後減少し、平成18年には21.4%に落ちている。 また、原判決は、重度障害のある有職者についてはその7割があはき師業であることを認定し、視覚障害者のあはき師業に対する依存度が高いと認定しているが、視覚障害者の高齢化の状況は顕著であり、就業数・率の低下はその要因を無視できないし、高齢の視覚障害者は、あはき師業しか道はないように教育されている人達であるから、その割合が多いことは当然であり、「当分の間」が終了することはあり得ないことになる。」 (4)同11頁24行目の「(ア)」を「(イ)」と、12頁23行目の「(イ)」を「(ウ)」と、それぞれ改める。 (5)同14頁12行目の「判断枠組み」を「違憲審査基準について」と改める。 (6)同15頁3行目末尾に改行の上、「(ア)立法事実の存在」を加え、14行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「(イ)本件規定の合理性について  本件規定の「当分の間」は、立法目的から@視覚障害者にあん摩マッサージ指圧師以外の適職が見いだされる、A視覚障害者に対する所得保障等の福祉対策が十分行われる、 B視覚障害者がその生計の維持をあん摩マッサージ指圧師関係業務に依存する必要がなくなるまでの間と解釈することができるのであり、上記(ア)の立法目的からすると、本件規定の制定から55年経過してもその立法事実が存在していることは優に認められる。 また、上記(ア)で主張したように、視覚障害者がその生計の維持をあはき師関係業務に依存する必要のない状態には至っておらず、現在も視覚障害者の生計の維持が著しく困難とならないようにする必要があり、依然として本件規定により視覚障害者の職域を保護する必要がある状態にあると認められるのであるから、そうした状態でありながら、一定の条件の下において「当分の間」が経過したとみなす取扱いを認めることは、本件規定の立法目的に合致しない。 また、控訴人は、視覚障害者の数が減少傾向であるというが、平成18年以降、30万人台で推移しており、平成30年度は31万2000人であった。 視覚障害者の数が減少傾向にあるとは認められないし、その減少が直ちに本件規定の立法目的の正当性を失わせる事情とはならない。 すなわち、本件規定は、視覚障害者の減少や教育過程における視覚障害者の減少自体を問題とするのではなく、その割合の動向を考慮することとしているところ、あん摩マッサージ指圧師の総数に占める視覚障害者の割合や教育課程にある視覚障害者の数と晴眼者の数の割合は、視覚障害者の職域の実態を把握し、視覚障害者の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があるかどうかを判断するための指標となるもので、 これらにより本件規定による規制の要否を判断することは、それ自体不合理ではない。 これによれば、視覚障害者の数の減少が晴眼者を対象とする養成施設や大学の設置、増員の制限という規制を直ちに導くものでないことは明らかである。 そのほか、控訴人は、視覚障害者の高齢化や収入の内容等から、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の職域に対する依存度を論じ、本件規定による制約を不合理であると縷々主張するが、いずれも、控訴人の独自の考え方で理由がない。」 (7)同17頁20行目の「要求するものであるところ、」の次に「基本的人権を制限する法律が明確でなけれぱならないことは当然の前提であり、経済的自由を規制する立法が曖昧なものであっていいことにはならない。」を、24行目末尾に改行の上、次のとおり、それぞれ加える。 「また、被控訴人が手続保障の担保として本件規定が医道審議会の意見を聴くことを要求していることが担保となると主張しているが、医道審議会の構成委員は、社会福祉法人日本盲人会連合会会長を始めとして、初めから晴眼者のあん摩マッサージ指圧師あるいは養成のための施設・学校の増加を望んでいないことが明らかな団体の長が委員の多くを占めており(乙16)、客観的中立的な審議がなされることは一切期待できない構造となっており、何らの担保となっていない。」 (8)同19頁16行目末尾に改行の上、次を加える。 「(4)争点4(本件第2処分の憲法23条、26条1項との適合性について)  ア 控訴人の主張の要旨 (ア)憲法23条は学問の自由を保障するところ、これは広く個人の学問研究活動とその研究成果の発表につき、公権力により妨げられないのみならず、研究機関としての大学の本質に鑑み、特に大学におけるこれらの自由を保障していると解されている。 被控訴人が本件規定により控訴人の本件申請を認めなかったことは、大学におけるあん摩、マッサージ及び指圧の手技に関する学問研究活動及び研究成果発表を妨げるものとして、憲法23条に違反し、大学においてこれらに関して教育を受ける権利を奪うものとして憲法26条1項に違反するものであり無効である。 (イ)また、本件規定を大学に適用することが憲法23条、26条1項に違反しないとしても宝塚医療大学の本件学科についてした法2条1項の認定申請に対し、本件規定を適用して不認定とした本件第2処分は違憲無効である。  イ 被控訴人の主張の要旨 (ア)本件規定は、法2条1項に定めるあはき師の免許を取得するための学校又は養成施設を対象に、その新設等の規制について定めたものであって、法2条1項に定めるあはき師の免許を取得することを目的としないあん摩、マッサージ及び指圧に関する学問研究を行うこと及びその成果の発表を目的とした学校等の新設等の制限をするものではないから憲法23条に違反しない。 (イ)また、本件第2処分により宝塚医療大学が、あん摩、マッサージ及び指圧に関する学問研究活動及び研究成果発表をすることについては、何ら制約を受けることはないのであるから、本件第2処分が宝塚医療大学の学問の自由を侵害するものではない。 (5)争点5(本件規定を適用して本件第2処分をしたことは憲法23条、26条1項に違反するかについて)  ア 控訴人の主張の要旨 (ア) 本件規定を大学に適用することは違憲である。 現在、あん摩、マッサージ及び指圧について学問研究活動ができる大学は視覚障害者に限定された国立筑波技術大学の1校だけであり、その定員は20名であり、宝塚医療大学の本件申請による定員は60名であるから、本件申請が認められ、他の私立大学が追随しても、視覚障害者の生計に影響を及ぼすほどのことはない。 少なくとも、宝塚医療大学の本件申請については、本件規定を適用することは違憲無効であり、その瑕疵は重大かつ明白である。 (イ)また、あん摩マッサージ指圧、鍼灸について、視覚障害者にはつくば技術大学に進学し、手厚い教育の機会が与えられているのに比し、晴眼者は、あん摩、マッサージ及び指圧の分野では、大学教育を受ける機会が全く保障されていない。 被控訴人が、宝塚医療大学の本件申請について、本件規定により申請を認めなかったことは、国民の教育を受ける権利を奪うものであり、憲法26条1項に違反し無効である。 (ウ)一般に大学に本件規定を適用することが違憲であるといえないとしても、少なくとも宝塚医療大学の本件申請については、本件規定を適用した本件第2処分は憲法23条、26条1項に反し違法無効であり、その瑕疵は重大かつ明白である。  イ 被控訴人の主張の要旨 (ア)本件規定が憲法23条、26条1項に違反するという控訴人の請求原因の追加は、原審の審理過程で明らかになった事実関係や被控訴人の控訴答弁書を踏まえたものではなく、今回追加した請求原因に係る攻撃防御方法を原審において提出することに支障があったとは考えられないし、原審で主張することが可能であったものであるから、この請求原因の追加は時機に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。 (イ)本件規定は、社会的にも経済的にも弱い立場にある視覚障害者を保護するという趣旨のもと、積極的な社会経済政策の実施を目的として晴眼者対象学校等の新設等を規制するものであり、法2条1項に定める免許を取得することを目的としない、あん摩マッサージ指圧に関する学問研究を行うこと及びその成果の発表を目的とした学校等の新設等を制限するものではない。 大学等の研究機関は、あん摩、マッサージ及び指圧に関する学問研究活動やその研究成果の発表そのものを本件規定により制限されるものではないから、憲法23条に違反しない。 (ウ)そして、本件申請のように認定を得ることができなかった大学において、あん摩、マッサージ及び指圧に関する学問・研究及びその研究 成果の発表をすることは可能であり、そのような大学において、在籍する学生に対し、あん摩、マッサージ及び指圧に関する教育をすることは何ら制限されていない。 本件規定は、憲法26条1項に違反しない。 (エ)また、宝塚医療大学を含め大学が、晴眼者に対してあん摩、マッサージ及び指圧に関する教育を行うことは何ら制限されず、自由に行うことが可能であるから、本件第2処分が宝塚医療大学における晴眼者に対してあん摩、マッサージ、指圧に関する教育を受ける権利を侵害するものとはいえず、本件規定による制約が国民の教育を受ける権利を奪うものであるという控訴人の主張は理由がない。」 第5 当裁判所の判断 1 争点1(本件規定が憲法22条1項に反し無効であるか否か)について (1)違憲審査基準について  憲法22条1項の保障する職業の自由に対する規制措置は、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとるため、これらの規制措置が「公共の福祉」のために要求されるものとして同項の適合性を認められるかどうかは、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、 これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。 そして、このような検討と考慮をするのは、第一次的には立法府の権限と責務において判断され、裁判所は、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。 控訴人が厚生労働大臣及び文部科学大臣に申請した晴眼者対象学校等の新設等の各認定は、認定又は承認を求めるものであるが、これは、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。 (2)認定事実  認定事実は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」欄の第3の1(2)(原判決21頁11行目から27頁22行目まで)のとおりであるから、これを引用する。  ア 原判決21頁14行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「医師をはじめ医療関係者の素養向上と国民の保健衛生の向上を図ることを目的として、あん摩業のうち従来各都道府県令に委ねられていた医療類似行為に関して、昭和22年12月20日に公布されたあん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法は、 あん摩、はり、きゅう及び柔道整復のほかは、医療類似行為を業とすることを禁止した(同法12条)。 しかし、従来、各都道府県令に基づき医療類似行為を行ってきた業者に対して、ただちに全面的に禁止することは、一種の既得権ともいえる生活権を奪うことになるので、同法附則に暫定的な特例規定が設けられ、一定の要件の下、医療類似行為を行うことができることとなった。」  イ 同21頁15行目から16行目にかけての「いわれてきたが、」の次に「上記のように免許を得ずに医療類似行為をすることが原則禁止され、既存のあん摩師らの医療類似行為が期間限定とされたこと、」を加える。  ウ 同27頁22行目末尾に改行の上、次のとおり加える。 「(カ)厚生大臣は、昭和57年3月30日、学校法人葛谷学園が中和鍼灸専門学校のあん摩マッサージ指圧師はり師きゆう師養成施設の定員10名増員、あん摩マッサージ指圧師はり師きゆう師養成施設の課程変更(中学卒業後修業年限5年の課程を高校卒業後修業年限3年の課程へ)等を承認した(乙84)。 上記学校法人は、昭和47年、昭和52年、昭和56年と3回にわたって晴眼者の入学定員の増加を申請したが、昭和47年の申請は却下され、昭和52年の申請は保留とされ、昭和56年には、その後も定員20名に対し、志望者数が129名から152名と毎年要望が多いこと等を理由として定員増加を申請し、厚生大臣の上記承認を受けた(乙85から乙88まで)。 (キ)法附則19条2項により意見聴取を必要とする医道審議会は、厚生労働省設置法(平成11年法律第97号)6条1項により設置され、医道審議会には、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師及び柔道整復師分科会が置かれている(医道審議会令(平成12年政令第285号)5条1項)。 法2条2項に基づく申請がされた場合、その認定の可否を定める判断にあたっては、医道審議会の意見聴取のほか、当該都道府県知事の意見、認定等の可否を決定するに当たって参考となる資料及び関係団体等の意見書の提出が求められているほか、行政手続法10条に基づき、関係する公益法人として、 視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師を構成員に持つ全国的な組織及び視覚障害者に対して直接教育を施し併せてその職業選択等について助言等をしている特別支援学校の長により構成されている全国的な組織に対し、意見書の提出を求めるなどして、これらを踏まえて判断がされる。 本件各処分においても、府知事及び県知事の意見が付され、それぞれの府及び県の関連団体からの意見が提出された(乙10から乙15まで、乙24から乙29まで)。」 (3)検討  当裁判所の判断は、次のとおり当審における控訴人の主張等に対して補足するほか、原判決「事実及び理由」欄の第3の1(3)(原判決27頁24行目から42頁9行目まで)のとおりであるから、これを引用する。  ア 立法目的の正当性について  昭和27年の法等の一部を改正する法律案の審議の過程から本件規定の審議をした昭和39年までの審理過程によれば(原判決21頁14行目から24頁末行まで)、 視覚障害者は従来からあん摩業に従事することが多い中、昭和22年の法改正後、視覚障害者以外のあん摩師の増加や免許を有しない者の増加により、その職域を圧迫されることが多く、そのための視覚障害者のあん摩師らに対する支援策が検討され、 国会衆参両議院の厚生委員会、社会労働委員会における審議の結果、昭和39年には本件規定が設けられたことが認められる。 このような審理経過から、本件規定は、経済的に弱者である視覚障害者の職域を護るという社会経済政策を立法目的としているといえる。   そして、上記立法目的は、次のような視覚障害者を取り巻く事情に裏付けられている。 すなわち、昭和40年当時の身体障害者実態調査報告によると(乙45)、身体障害者の就業率が39.3%であり(昭和40年当時)、そのうち視覚障害者の就業率が32%であり、その障害の程度別の就業率では障害の重い1、2級の者が38.0%であるところ、これは視覚障害者があんま、はり、きゅう等の職業に従事しており、年齢階級別の分布ではいずれの障害でも50歳以上の者が就業者の40%程度を占めていた。 また、あん摩、はり、きゅう従事者が昭和35年当時2万8000人であったものが昭和40年には1万9000人に減少しており、昭和39年から昭和40年当時は視覚障害者のあん摩、はり、きゅう従事者の数が徐々に減少し、他方、視覚障害者以外の者があん摩、はり、きゅう関係業務に就労することが徐々に増加した状況にあった。 視覚障害者の転職が容易ではないことからすると、この昭和40年当時の視覚障害者のあん摩師、マッサージ師等は徐々に職域を圧迫されていたということができる。 このような状況を踏まえて視覚障害者の職域を確保するために本件規定を新設する法改正に至ったのであるから、立法当時から視覚障害者の職域保護の必要性があり、本件規定の立法目的には正当性が認められる。  イ 本件規定成立後の立法事実について  控訴人は、本件規定の定める「当分の間」は、立法から約55年経過し たことにより終了しているし、また 視覚障害者以外の者の養成施設及び学校の設置等を抑制しても、視覚障害者の収入が少ない状況に変わりはなく、視覚障害者であん摩マッサージ指圧師の免許を取得し就労する者が減少し、視覚障害者の養成施設等において上記免許を取得しようとする生徒も減少しており、本件規定によって視覚障害者以外の者のあん摩マッサージ指圧師等の増加を抑制できているとはいえないのであるから「当分の間」は既に経過したものとみなすべきであり、 制定時の立法事実は失われ、立法目的の正当性も失ったと主張する。 しかし、本件規定の立法目的が上記のとおり経済的弱者である視覚障害者の職域保護にあると認められることからすれば、55年経過したことから直ちに立法目的の正当性が失われているとはいえない。 また、平成27年度のハローワークにおける視覚障害者就職状況によると、視覚障害者の就職件数2283件のうちあん摩、鍼、灸、マッサージへの就労が1063件(46.6%)であり、あん摩マッサージ指圧師の免許取得者が就労できる機能訓練指導員やケアマネージャー(一定の経験を要する。)へは51件(2.3%)であり(甲44)、 特別支援学校高等部(本科)卒業者(平成24年3月卒業者)の職業別就職者数においては、視覚障害者の卒業者(38名)のうちあん摩マッサージ指圧師の免許取得者を含むと考えられる専門的技術的職業従事者が13名(34.2%)、 これに次いでサービス職業従事者が8名(21.1%)となっている(甲42)。 これらの状況は、障害者総合支援法により障害者の雇用促進が図られた効果等によりあはき師以外の就労も増加していることが窺われるものであるとしても、依然、視覚障害者が就労する場合あはき師関係業務の占める割合が大きい状況に変わりがないことを示している。 そして、原判決第3の1(2)ウ(原判決25頁1行目から27頁22行目まで)において認定された視覚障害者の就労状況や収入をも加えて検討すると、未だ重度の視覚障害者の職業としてはあん摩マッサージ指圧師が大きな割合を占めている状態や、あん摩マッサージ指圧師として就労する場合に視覚障害者の収入が視覚障害者以外の者より相当少ない状態が継続している以上、視覚障害者の職域保護の必要性は失われていないというべきである。  控訴人は、重度視覚障害者の就労先があん摩マッサージ指圧師に多いことについて、重度視覚障害者に高齢の者が多く、職業訓練、教育としてあん摩マッサージ指圧師としてのそれを受けているからであり、若年層は事情が異なることや、収入が少ないのは障害年金の受領資格に合わせ、あえて少ない収入に抑えているためであるなどと指摘するが、 高齢の視覚障害者があん摩マッサージ指圧師として多く活動しているとすれば、障害者支援の観点からはその就労が継続できるようにすべきであり、若年層についてあん摩マッサージ指圧師の免許取得の需要が下がっているとしても未だ職業として占める割合は大きいのであって、あはき師に係る学校及び養成施設の定員数が本件規定の制定時より増加していることを踏まえると、視覚障害のある若年層にとってあん摩マッサージ指圧師の免許取得の重要性には変わりがない。 したがって、本件規定は、その後、時間の経過によってその立法目的を失ったとは認められず、正当性を失っていない。  ウ 規制措置の必要性、合理性について  本件規定は、視覚障害者以外の者の養成施設及び大学等の新設、定員増加を抑制するものであるが、視覚障害者以外の者を対象とする養成施設等は存在するのであるから、視覚障害者以外の者が教育を受け、あん摩マッサージ指圧師の免許を取得することは可能であり、本件規定があん摩マッサージ指圧師になること自体を制約していないことは明らかである。 そして、本件規定が採る視覚障害者以外の者の養成施設及び大学等の新設、定員増加を抑制する手段は、昭和39年改正法の審理において、医療マッサージ師と保健あん摩師との分離や施術所の設置規制等の対策が検討され、職業選択の自由を制約する程度が大きいとの意見を受けて採用されなかった等の経過を経て、職業選択の自由に対する制約の程度が相対的に小さいことから採用された手段であることが認められる。 既に認定したとおり、あん摩マッサージ指圧師は視覚障害者が選択しうる職業のうち就労する者が最も多い職業であり、視覚障害者以外の者の選択しうる職業に比して、視覚障害者の選択しうる職業の中で占める重要性は非常に大きなものであるから、規制措置の必要性は認められる。 そして、他に検討された政策に比べド本件規定による規制措置は効果的なものであり、視覚障害者以外の者の職業に対する制約等も検討した結果採用された合理性のあるものと認められる。  エ 本件規定の要件及び内容の合理性について  控訴人は、本件規定が認定又は承認を判定する際の考慮要素として挙げている有資格者中割合や生徒中割合について、この考慮要素と視覚障害者の生計維持のための必要性との関連性が不明であるし、視覚障害者の生計維持が著しく困難とならないという要件自体の内容も不明であるから、本件規定自体の内容が明らかではなく、合理性がないと主張する。 しかし、有資格者中割合や生徒中割合は、視覚障害者の職域の実態を把握するための指標となりうるものと考えられるし、本件規定は、これらだけでなく、その他の事情も勘案して「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要がある」のかを判断することとしている。 本件規定の解釈に当たっては、個々の文言を取り上げるだけでなく、上記立法目的に沿って解釈するのが相当である。 これによれば、本件規定の要件や内容が合理性に欠けるとは認められない。 控訴人は、有資格者中割合や生徒中割合の考慮要素について、あん摩マッサージの需要が増加すれば視覚障害者の事業収入が増加し、あん摩マッツサージの需要が減少すれば、晴眼者のあん摩マッサージ師の増減にかかわらず、生計の維持は困難となると指摘し、考慮要素と視覚障害者の生計の維持は結びつかないし、障害者の職域の増加やあん摩マッサージという職業の魅力の低下、高齢や死亡による廃業、国家試験の合格率の低下、 無資格あん摩師の急増・跋扈等によっても視覚障害者の数あるいは割合は減少するのであり、視覚障害者以外の者のあん摩マッサージ師の増加と視覚障害者のあん摩マッサージ師の減少は生計の維持とは関連性がないことは明らかであるとも指摘する。 しかし、本件規定による規制がない場合、増加した有資格者を吸収する需要ができて、視覚障害者の就労に悪影響を及ぼさないとする合理的根拠は見当たらず、需要を掘り起こすことでより競争が激化するおそれもあり、あん摩マッサージ指圧師として就労する相当数の視覚障害者の安定した生活が脅かされる可能性は否定できない。 有資格者中割合、生徒中割合を検討して、視覚障害者の生計維持を図ることには一応の関連性を有するから、控訴人の上記主張は採用できない。 そのほか、控訴人は、無免許の施術者の取締りを強化することなく本件規定を維持することが問題であると主張する。 無免許者の取締りの問題は、本件規定が制定された当時から議論されているが、無免許の施術者をあん摩マッサージ指圧師に直ちに置き換えて考えることはできないのであるから、本件規定による規制とは別の問題といえ、控訴人の上記主張は採用できない。  オ 以上のとおりであるから、本件規定は、現在も立法府の裁量の範囲を超えているとはいえず、本件規定は憲法22条1項に反するとは認められない。 争点2(本件規定が憲法31条・13条に反し無効であるか否か)について  当裁判所の判断は、次のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」欄の第3の2(原判決42頁10行目から43頁5行目まで)のとおりであるから、これを引用する。  控訴人は、医道審議会の構成委員が初めから晴眼者のあん摩マッサージ指圧師あるいは養成のための施設・学校の増加を望んでいないことが明らかな団体の長で多く占められており(乙16)、客観的中立的な審議がされることは一切期待できない構造であり、手続の公正さが担保されていないと指摘するが、医道審議会の構成委員に視覚障害者の団体の関係者が含まれることは、養成施設や大学の新設、定員増加に利害関係を有する以上、問題とならない。 むしろ、法2条2項の申請の審理手続は、広く意見を聴く機会を保障し、各都道府県知事の意見を求めている点で、地方の実情も把握した上で判断されることとなり、各大臣が偏った判断をしないことを担保しているといえる。 また、本件各処分に当たっても、申請者の状況、あん摩マッサージ指圧業務における晴眼者の数を考慮して、視覚障害者の生活を圧迫しないかを審理しており、その経過において中立性を欠くような事情は認められない(乙56)。 したがって、この点から本件規定が憲法31条等に適合しないとは認められない。 3 争点3(本件規定を適用して本件各処分をしたことが憲法22条1項等に反し違法であるか否かについて)  当裁判所の判断は、原判決「事実及び理由」欄の第3の3(原判決43頁 6行目から44頁19行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 4 争点4(本件規定が憲法23条、26条1項に反し無効であるかについて)   控訴人は、本件規定により本件第2処分のように法2条1項の認定が得られないことは、大学においてあんま、マッサージ及び指圧について研究し、その成果を揚げようとする者の大学における学問の自由、大学における教育を受ける権利を制約するもので、憲法23条、26条1項に反し、違憲無効であると主張する。 しかし、被控訴人が指摘するように、本件規定は、控訴人が設置する大学において、あん摩、マッサージ及び指圧に関して研究し、その成果を発表することを禁止したものではなく、控訴人の学問の自由を制約するものではないし、大学において、あん摩、マッサージ及び指圧について、教育を受ける権利を侵害するものでもないことは明らかであるから、憲法23条、26条1項に反するところはない。 5 争点5(本件規定を適用して本件第2処分をしたことは憲法23条、26条1項に反し違法であるか否かについて)  前記4において、争点4につき判断したとおり、本件規定により、控訴人の設置する大学において、あん摩、マッサージ及び指圧に関して、研究し教育を行うことは制約を受けないのであるから、大学における学問の自由も教育を受ける権利も侵害されることはない。 このことは、本件規定に基づいてされた本件第2処分についても同様であるから、同処分によって大学における学問の自由も教育を受ける権利も侵害されることはない。 したがって、控訴人のした申請に本件規定を適用し、本件第2処分をしたことは、憲法23条、26条1項に反するものではない。 6 以上から、控訴人の各請求にはいずれも理由がない。  よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴に理由はないから、主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第9民事部 裁判長裁判官 永井裕之 これは正本である。 令和3年7月9日 大阪高等裁判所第9民事部