別紙1 第1回 弁論陳述 令和2年(行コ)第11号 非認定処分取消請求控訴事件 控訴人 学校法人福寿会 被控訴人 国(行政処分庁 厚生労働大臣) 控訴理由書 令和2年8月7日 仙台高等裁判所第2民事部 御中 第1 はじめに 1 本件は、控訴人が、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(以下「あはき師法」という)2条2項に基づいて、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師養成施設の認定の申請をしたところ、被控訴人があはき師法附則19条1項に基づき、認定しない旨の処分をしたことに対して、同条項が憲法22条1項などに違反して無効であるとして、同処分の取り消しを求めた訴訟である。 2 原判決は、あはき師法附則19条1項について、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の職域を優先し、視覚障害者の生計の維持が著しく困難となることを回避する目的達成のために必要かつ合理的な範囲にとどまるとの立法府の判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であるということはできないと判断し、あはき師法附則19条1項が憲法22条1項等に違反しないと判断した。 3 しかしながら、原判決は、違憲審査の基準、あはき師法附則19条1項の目的の正当性、必要性、手段の相当性について、また、その前提となる事実の認定・評価も含めて、判断を誤るものである。 控訴人は、本控訴審において、原判決の誤りを異体的に指摘し、原判決の破棄を求める。 第2 違憲判断基準について 1 原判決は、「許可制が狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」とするが、あはき師法附則19条1項(以下「本条項」と言う)による規制は、「正確な資料を基礎として高度な専門技術的な考察及びそれらに基づく政策的判断を必要とするもの」であり、その判断については「立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべき」であるから、「本条項の規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白である場合に限り、憲法22条1項に違反する」という、いわゆる最高裁小売り市場判決に則った違憲判断基準により判示した。 2 これまでの最高裁小売市場判決、薬事法判決で確立したと言われている規制目的二分論について、今や、多くの憲法学者がこれを否定してきており、いわゆる積極目的の場合でも、機械的に明自性の原則を適用すべきでないことは、原審において控訴人が強く主張してきたところである。 学説あるいは他の最高裁判決の状況については淡路智典准教授の鑑定意見書(甲16)で詳細に述べられているところであり、その中でもプロセス演習憲法(山本一・280頁)では、「経済的自由に関する種々多様な規制について、規制目的だけでなく、規制の態様や規制の対象の検討も重要であり、多種多様な経済活動に対する規制を無理やり目的二分論に基づいて分類することは不適切であり、このような考え方が薬事法判決の趣旨にも合致している」とされている(甲16・6枚目)。 本件で憲法適合性を争う本条項は、許可条件が客観的条件であることは最高裁小売市場判決と薬事法判決と同様であるが、これらの最高裁判決の場合は距離制限であって、他の場所で開設する等の回避策を採るととができ、また、「距離」という明確な基準が設定されていた。 これに対して、本条項の場合は、晴眼者のための養成施設であれば全国のどこでも設置できないという極めで厳しい制限であり、しかも、許可基準は後述するように全く不明確であるという明白な差異がある。 また、本条項は、立法時から55年の毎月が経過していることも大きな特徴である。 このような点について何ら検討することなく、規制目的二分論を安易に機械的に適用した原判決は、その点だけを捉えても見直されなくてはならない。 第3 本条項の目的の正当性について 1 原判決の判断 国は、「当分の間」であるとしながら、1件の軽微な例外を除き、55年にわたって晴眼者のための養成施設、学校の設置を認めて来なかった。 国の解釈としては、「当分の間」というのは、「盲人に関し、あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見出されるか、または盲人に対する所得保障等の福祉政策が十分に行われるか、いずれにしても盲人がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるまでの間」であるとする。 原判決もこれと同じ解釈をした上で、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の職域優先を図り、視覚障害者の生計の維持が著しく困難にならないようにするとの附則19条1項の立法目的は、現在においても、一定の合理性を認めることができる」として、目的の正当性を認めた。 2 本条項は、制定から55年を経た現在、目的の正当性を失っている。 (1)本条項の目的 本条項は、「当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるとき」と規定し、その目的は視覚障害者の生計の維持が著しく困難とならないようにすることであることを明らかにしている。 しかし、後述するように、同項の「当分の間」、「あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合」、「あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合」、「その他の事情」、「生計の維持」といういずれの要件も具体性がないために、国の裁量に対する規制機能を有していない。 そのため、同条による職業選択の自由に対する制限は、一般的な許可制以上に強い規制手段となっており、事実上の禁止と言ってよい。 (2)目的の正当性を維持するための国の責務 本条項が制定されてから55年が経過しているから、「当分の間」についての上記解釈が正しく、現在もまだ「当分の間」の期間内であるというには、 国は、先ず、@本条項の立法当時の視覚障害者の経済状態がどのようであったか、晴眼者の資格者がどの程度増加し、視覚障害者の生計を脅かしていたかを説明し、また、Aこの55年間の社会経済の変動(視覚障害者の数、年齢層、収入、就職状況、障害の程度、視覚障害者のうちのあん摩マッサージ指圧師の数、あん摩マッサージ指圧師の需要と供給の状況、障害者対策の進展状況等の変動)について継続的に調査をして統計を整備し、本条項の立法目的の正当性が継続していることを根拠に基づいて説明する責任があるといわなければならない。 とりわけ、福祉の向上については、更に格段の努力をするとの附帯決議がなされているからなおさらである。 すなわち、立法当時から憲法の適合性が問題とされた本条項について、仮に立法当時の状況において正当性が認められたとしても、55年が経過した現在においても、立法事実が存在し、その必要性、合理性が認められるかについて、被告において、主張、立証することができなければ、職業選択の自由を事実上禁止する本条項の正当性は喪失したものと考えるのが相当である。 この点について、原判決は、「同項の規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白である場合に限り、憲法22条1項に違反する。」という。 しかし、立法時において、立法府が何らかの資料に基づいて、重要な公益のために必要かつ合理的な措置であると判断したとしても、55年を経過した現在において、その判断を裏付ける資料が存在しなければ、すなわち、その政策的・技術的な裁量の範囲であることを裏付ける資料がない場合には、立法府に裁量を委ねる根拠を欠くことになり、違憲審査において必要性、合理性の観点から厳しい審査がなされなければならない。 原判決は、「社会経済の分野における法的規制措置の有無や法的規制措置の対象・手段・態様などを判断するに当たっては、その対象となる社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要であって、 立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきである」と判示しているが、以下に述べるような状況で厚労省が評価と判断の機能を備えているとは到底思えない。 (3)国は目的の正当性を維持するための責務を怠っている。 原審において被控訴人側から提出された書証、特に控訴人の本件申請について審議した医道審議会に提出された資料を見て愕然としたことであるが、国側は、「当分の間」として晴眼者から職業選択の自由を奪う法律を立法化していながら、「当分の間」の経過を追うために必要な統計データ、調査資料等を持っていなかったのである。 本条項の合憲性を裏付ける情報としては、視覚障害者の数、障害の程度の内訳、年齢別の内訳、就業の状況、あはき業務の就労状況、収入状況、その年齢別の状況、無資格者の状況、あん摩マッサージ指圧師の需要と供給の状況等といったものが必要不可欠と考えられるが、これらの基本的な情報が全く存在しなかったり、断片的であったり、また、今から14年前の平成18年までしかない。 控訴人は、インターネットから、文科省が保有している盲学校・特別支援学校の生徒数、卒業者の進路についての毎年の統計を入手することができ、生徒数、あん摩マッサージ指圧師の資格取得のための専攻科への進学者が確実に減少している事実を証明することができたが(原審準備書面9末尾の表)、国側の裁量権を広く認める原審裁判官の心証にいささかも影響を与えるまでに至らなかった。 しかし、前述したように、国において正当性を裏付ける資料の収集、保持の責任がある以上、職業選択の自由を奪われた控訴人側において、目的の正当性等の存在について、それが疑わしい程度までに証明することができれは、被控訴人側において、それを覆すだけの証明ができなければ、正当性の存在について立法府に裁量を委ねる根拠を欠くものとし、違憲審査については必要性、合理性の観点から厳しい審査がなされなければならないと考えるのが、公平であり、相当である。 なお、国側において資料は存在するが、公表を抑えている可能性もあり(本控訴理由書の作成のための資料収集のために厚生労働省図書館で統計書類を閲覧したが写しの交付も写真撮影も拒絶された)、いくつかの公文書について、本控訴審において調査嘱託あるいは送付嘱託の申立てをする予定である。 (4)本条項立法時の目的の正当性について 本条項立法時の目的の正当性については、立法担当者が作成した法律改正の解説の中では、「視覚障害者のあん摩師が晴眼あん摩師にその職域を圧迫されているという主張が強く叫ばれている」と記載されているだけである。統計資料としては、あん摩師総数のうちに占める晴眼者数の割合が毎年少しずつ増加をしている資料が提示されているが、晴眼あん摩師の学校または養成施段の拗制措置が実施されていることから あん摩師の学校または養成施設の生徒の1学年の定員は晴盲別に見ると盲関係の増加に対して晴眼関係がむしろ減少していることが認められると報告されている。 視覚障害者の生計の維持が問題となっているにもかかわらず、視覚障害者の収入、生活状況についての記載はない。 これでは、違憲の可能性もある本条項の制定の正当を根拠づける客観的な資料が当時からあったとは到底考えられない。 本条項が立法される前に、立法が審議された昭和36年の参議院社会労働委員会の会議録(乙25)を見る限り、厚生省(当時)で用意された立法時の資料としては、「届出医業類似行為楽者状況調」(昭和23年、昭和35年)、「就業施術者数(昭和35年末現在)」及び文部省所管並びに厚生省所管の施設のあん摩の教育課程から出て来る人の数だけである。 委員会では専ら無資格者の跋扈が問題とされ、それに関する資料は提出されている。 控訴人は、本条項立法時の目的の正当性自体については、争うものではないが、実際には、その当時から、目的の正当性を裏付ける客観的な資料は提出されていなかったのである。  控訴人が、本条項の制定は、届出医業類似行為の禁止期限を廃止することにしたことの視覚障害者障害者団体等の反対を抑えるためのものであったとの主張をしているのは、理由がないことではない。 第3 「当分の間」と55年の経過について 1 「当分の間」の意味が明らかでないこと 立法当時に目的の正当性が認められたとしても、現時点において目的の正当性が存するか否かについては、「当分の間」という時間的な制限を課した要件が問題となる。 これについては、立法担当者の解説では、「盲人に関し、あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見出されるか、または盲人に対する所得保障等の福祉政策が十分に行われるか、いずれにしても盲人がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるまでの間」とされ(乙27・42頁)、原判決も同じ解釈である。 しかし、この説明は極めて具体性に欠ける。 例えば、「あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見出される」という意味が不明である。 人間にとって適職かどうかは個々に異なるものであって、一定の職業を強制できるものではない。 従って、ある職業が「適職」であるとされたとしても、どの程度の視覚障害者の方がその「適職」に就くことをもって要件を充足したと考えるのかが明らかでない。 そもそも、障害者福祉等に関する法制度が進み、現在では社会全体で障害者を受け容れる環境を整備することが求められており、障害者の雇用の促進等に関する法律では、国、地方公共団体及び民間企業において一定の率の雇用が義務付けられているのである。 障害者の「適職」という概念自体が差別的要素を含んでおり、視覚障害者の事務的職業への就職が増加してきている現状において視覚障害者にとって必要なことは、どのような職でも就けることができることを前提として、訓練施設相談・支援のできる専門家の充実等の支援体制の整備をすることである(甲71、日本盲人連合会の労働政策審議会障害者雇用分科会に対する意見書)。 また、「または盲人に対する所得保障等の福祉政策が十分に行われるか」との例示は、選択的例示であって、それに続く「いずれにしても」という言葉からして、「適職」が見つからないとしても(すなわち、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師職への依存度が変わらないとしても)盲人に対する所得保障等の福祉政策が十分に行われれば、「当分の間」は終了すると立法者は考えていたことになる。 原判決も然りである。 しかし、この解釈においても、あん摩マッサージ指圧師職による収入(年金も含めて)がどの程度であれば生計の維持が著しく困難とならないと考えるのかが明らかでない。 原判決では、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師職の年間収入の平均値を挙げて視覚障害者のそれと比較しているが(29頁〜30頁)、問題は、視覚害者の生計の維持の著しい困難さの問題であって、晴眼者の年収と比較することは明らかに間違いである。 2 本条項の「当分の間」という要件は、実際には時間的限定の機能を有しないこと 本条項の「当分の間」についての原判決の解釈では、視覚障害者の他の適職の開発や福祉対策について、国がその施策の実現を怠る限り、あるいは視覚障害者側がこの法律で得ている既得権を放棄することに納得しない限り、晴眼者の学校・養成施設設置者の権利は未来永劫に制限され続けることになる。 本条項につき「当分の間」と規定したのは、職業選択の自由を制限することについて時間的限定をしたということであるが、実際にはその機能は果たされていない。 55年の長きにわたり本条項は生き続けている。 立法担当者による解説において、「したがって、国会においても『養成所の奨学制度の拡充、生業にたいする長期低利融資等盲人の福祉の向上についてもさらに格段の努力をすること』という附帯決議がつけられているわけである」と解説されていること(乙27・43頁)、 あはき師法附則19条1項は、国に積極的な視覚障害者の福祉対策も求めているのであること(甲74・75)からすると、国が何も対策をしなかったり、長年にわたり対策の効果がない場合まで、本条項の合憲性が維持されるとは到底考え難い。 従って、本条項の「当分の間」というのは、国が上記のような対策を講じ、その結果、視覚障害者がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるという結果が実現した時までと考えることは現実的でなく、国が何の対策もしない場合や、何らかの対策をとったとしてもその効果はなく、視覚障害者の生計の維持が著しく困難となることが続くような場合には、社会通念上、一定の期間が経過すれば、「当分の間」は既に経過したと見なし、本条項は憲法に適合しなくなると考えるべきである。 第4 「あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合」の要件について 1 視覚障害者の総数は減少している 視覚障害者の数については、厚生省、厚生労働省が原則5年ごとに実施していた「身体障害児・者実態調査」の結果から分かるものであり、判決別紙1の通り平成18年までは明らかとなっている。 ところが、平成19年以降は明らかでない。 また、この数字は推計とされている上、18歳以下は含まれていない。 この数字で見る限りでは、平成3年をピークた視覚障害者の数は減少傾向であることは明らかである。 厚生労働省の図書室で平成30年度までの厚生統計要覧を閲覧することができ、これにより、平成30年度までは視覚障害者の数を追うことができた。 これによると平成20年度の統計(これは平成18年身体障害児・者実態調査結果によるものと思われる。)では推計31万人であったところ、平成25年度では31万6000人に増加したが、平成30年度には31万2000人に減少している。 また、身体障害者手帳交付台帳登載数(この数には18歳未満も含まれる。)からも視覚障害者の数の推移を追うことはできるが、これについては、判決別紙2等のとおり、厚生省、厚生労働省の「社会福祉統計年報」「社会福祉行政業務報告」「福祉行政報告令」から平成26年までは明らかとなっている。 これによると、登載数は毎年確実に漸減している。 身体障害者手帳は、身体障害がある場合に身体障害者福祉法に基づき交付されるものであり、さまざまな福祉サービスを受けることができ、また、医療負担の軽減、税の軽減等の優遇措置が受けられる。 従って、原則的にはほとんどの視覚障害者が手帳の交付を受けていると思われるから、この数が減じるということは、視覚障害者自体が減少していると考えるのが常識であろう。 厚生労働省の図書室での厚生統計要覧の閲覧の結果、さらに平成29年度までの身体障害者手帳交付台帳登載数を確認することができた。 平成27年度は344,078人、平成28年度は337,997人、平成29年度は332,420人であり、漸減の傾向は変わらないことが確認できた 2 本要件を設定している理由について 本条項において、「あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害のある者以外の者が占める割合」が要件の一つになっているのは、この割合が減れは、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の増加が容認できるから、晴眼者のための養成施設、学校の新規許可は認められるということであるという趣旨であると思われる。 しかし、本条項は、晴眼者の資格取得者を制限することを手段として立法されていることから明らかなとおり、立法時において晴眼者のあはき師の数が減ることは想定されていなかったのであり、本要件を満たすには、視覚障害のある者において、あん摩マッサージ指圧師の資格を取得しようとする者が増え続けるという前提がなければならない。 ところが、現実は、視覚障害者のあはき関係業務就職者数は減少を続け、また、視覚障害者のあん摩師の数も平成20年までは減少を続け、以後少し持ち直しているものの(判決別紙2)、また、盲学校・特別支援学校の在学者数、卒業後あん摩マッサージ指圧師の資格を取得するために専攻科に進学する者の数は、平成29年までの統計であるが著しく減少している(原審準備書面9末尾の表)。 立法者が本要件を設定するに際して、このような現象を想定していたであろうか。もし想定していたとすれば、晴眼者の養成施設・学校の新規設立は永遠に望めないということも考えていたということになる。 しかし、本条項が、視覚障害者の自らの意思・判断であん摩マッサージ指圧師に就く者の数が減少していく場合に、それでも晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の増加を認めないという制度であるなら、極めて異常な制度設計であると考えざるを得ない。 第5 「あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合」の要件について この要件も、視覚障害者以外の者が占める割合が減少すれば、晴眼者のための養成施設、学校の新規許可は認められるということであると思われる。 しかし、第4で述べたとおり、本条項制定時において晴眼者の生徒の数が減ることは想定されていなかったのであり、本要件を満たすには、視覚障害のある者において、あん摩マッサージ指圧師の資格を取得しようとする者が増え続けるという前提がなければならない。 しかしながら、視覚障害者については盲学校・特別支援学校、または視覚障害者のための施設に限られているが、進学者が減少していることから定員自体か大幅に減少している。このことは原審被告第2準備書面別紙3から明らかである。 しかも多くの盲学校・特別支援学校では定員を割っている(甲45、甲56)。 これらの現実を直視すれば、この要件についても、今後も視覚障害者以外の者が占める割合が減少するということはあり得ないということであり、この要件の設定も異常な制度設計と言わざるを得ない。 第6 「その他の事情」について 本条項の「その他の事情」については、立法担当者の解説では、「例えばあん摩マッサージ指圧師の需要と供給の状況等」が挙げられている。 しかし、立法当時から多数の無資格者が跋扈していた時代背景を考えると極めて無責任な例示である。 しかも、国が「あん摩マッサージ指圧師の需要と供給の状況」について調査したとの報告も資料も見当たらない。 第7 視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師に対する依存状況について 1 はじめに  本条項は、「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするために必要がある」ことが最終的な要件となっている。 これを判断するには、視覚障害者の就業状況、視覚障害者のあはき師以外の就職状況、視覚特別支援学校の生徒数及び卒業者の就職状況、視覚障害者の年齢分布状況、視覚障害者の収入状況等を勘案して、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師業務に対する依存状況を検討する必要がある。 2 視覚障害者の就業状況について 視覚障害者の有職者数及び就業率、不就業者数・率については、厚生省・厚労省が5年ごとに実施している「身体障害児・者実態調査」の結果が最も重要な資料となるが、判決別紙2の通り、平成18年までしか明らかとなっていない。 また、平成18年までの数字の動きだけを見れは、就業率が低水準であるように見えるが、あはき師関係業務就業者数は昭和55年をピークに確実に減少しており、また、有職者に占める割合も同年には41.3%に及んだものの、その後漸減し、一時は増えたものの平成18年には21.4%に落ちている。 原判決は、就業者の中ではあん摩マッサージ指圧師業へ依存する程度は依然として高いと認定しているが、上記の通り、そのような認定は誤りである。 また、原判決は、重度の視覚障害のある有職者については7割を超えていることを理由に視覚障害者のあはき職に対する依存度の高さを認定しているが、後に述べるように視覚障害者の高齢化の状況は顕著であり、就業数・率の低下はその要因を無視することはできない。 また、重度の視覚障害者のあん摩・マッサージ・はりきゅう関係業務に就いている者の割合が高いことについては、現在の重度の視覚障害者の高齢者の世代では、生活の手段として、あはき業しか道はないように教育されている人たちであり、その割合が多いことは当然である。 しかし、現在において、そのような高齢者の方々が実際に実務をしているか否かは疑問であり、その実態を調査する必要がある。 3 視覚障害者のあはき以外の就職状況について 視覚障害者のあはき以外の就職状況について、被控訴人から提出された書証では平成18年度までの資料しかない(乙17・9頁、乙34)。 これにより、昭和40年度、平成13年度、平成18年度の比較を見ることができるが、農林漁については減少、専門的・技術的職業は増加、事務については増加、あん摩・マッサージ・はりきゅうについては減少という傾向を読み取ることができる。 あん摩・マッサージ・はりきゅうについては、昭和40年度27.7%、平成13年度33.3%、平成18年度29.6%となっており、漸減傾向となっている(なお、平成13年度、平成18年度の分類では「専門的・技術的職業」の項目から「あはき職」の項目を独立させているので、昭和40年度との比較は意味がない)。 平成19年以降は、ほぼ5年ごとに実施されてきた「身体障害児・者実態調査結果」は、知的障害児(者)基礎調査と統合され、名称も「生活のしづらさなどに関する調査」に変わり、身体障害者としてひとくくりにした数値しか公表されなくなり、視覚障害者についての状況が全く分からないようになった。 これについては単に公表を控えているだけの可能性もあり、前述したように調査嘱託あるいは文書送付嘱託を申し立てる予定である。 なお、日本盲人会連合会の労務政策審議会障害者雇用分会会長に対する平成28年11月21日付意見書(甲71)の中に、平成27年度の視覚障害者についてのハローワークの就職内訳(甲44)が報告されている。 これによれば、同年度は、運搬・清掃、事務的職業、サービス業が大幅に増えており、この事実を同連合会として重大問題として受け止めていることが分かった。 この情報源は、厚労省の各年度の「障害者の職業紹介状況」であると思われるが、厚労省図書室では概要報告しか存在せず、またその概要報告においても視覚障害者は身体障害者としてひとくくりされて統計処理され、視覚障害者の状況は分からなくなってしまっていた。 何故に視覚障害者障害者の情報が閉ざされているか分からないものの、判明している情報は僅かではあるが、視覚障害者の就職状況が変化してきていることは読み取ることができる。 4 視覚障害者の年齢状況について 原判決は、就業者の中ではあん摩・マッサージ・はりきゅう関係業務に就いている者の割合がなお高い状況にあり、また、重度の視覚障害のある有職者については7割を超えていることを理由に視覚障害者のあはき職に対する依存度の高さを認定している。 しかし、視覚障害者のあはき師に対する就業割合の高さについては、視覚障害者のあはき師就業者の高齢化が進んでいる実態を無視することはできない。 今から15年前の平成17年3月に発表された報告(甲2)によると、その当時の業者の年代構成を30歳未満、30−39歳、40−49歳、50−64歳、65歳以上の5段階に分けた場合、全体の3分の2が50歳以上で占められている。 30歳未満は3%代に過ぎない。 しかも、これを視覚障害者だけで見ると、ほぼ半数の48.2%が65歳以上であり、50歳以上を含めると84%に達し、30歳未満は1.8%に過ぎない(甲2・2頁)。 その9年後の平成26年に発表された報告(甲11)では、60歳代が33.3%、50歳代が29.4%、70歳以上が21.5%であり、30歳未満は0.3%に過ぎない(甲11・19、20頁)。 この実態を無視して、視覚障害者全体の数だけで、あはき関係業務への依存度を考察することは非常識な結論を導くことにならざるを得ない。 すなわち、高齢者については盲学校・特別支援学校においてあん摩・マッサージはりきゅうの資格取得の道しかない教育を受けていたのであるから、職として、あはき関係業務への依存度は高いことは当然である。 しかし、生計の維持をあはき関係業務に依存しているということではない。高齢者は、主として障害者年金で生活を支えており、あはき関係業務に依存している度合いは全くないか、少ないと考えるのが相当である。 70歳を超える高齢者に生計を維持するに必要な稼ぎを求めることが期待できるであろうか。 視覚障害者の収入の実態については、後述するが、厚労省が平成8年、13年、18年、23年に実施した「身体障害者児童実態調査」において、平成18年度だけ視覚障害者の就業による収入と年金等を含めた総収入の調査を実施している(甲40表45)。 また、同調査では、視覚障害者の年齢別の人数も明らかとなっており(甲40表5・6)、視覚障害者のうち70歳以上の方が49.4%と半数を占めている。 この年代の方は就業による収入はもともと期待出来ない方であり、これらの方も含めた統計では平均収入が少なくなることは容易に予測できる。 しかも、この高齢化は毎々進行しているのである。 年齢についての実態を把握しないで単純に視覚障害者の収入が少ないと断じることはできない。 5 視覚障害者の収入状況について (1) 「生計の維持が著しく困難とならない」収入の程度とは何か。 本条項では、生計の維持が著しく困難とならないという基準がどの程度か明確にされていない。 しかし、少なくとも、生活保護法3条が「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」と定めていることからすると、本来であれば、生活保護の水準の収入があれば、生計の維持が著しく困難となることはないと考えられる。 生活保護は居住地や世帯構成によって異なるが、たとえば、最も扶助費の少ない3給地−2において、単身1人暮らしの場合、生活費扶助が月額6万4030円、住宅扶助の上限が2万9000円であり、年額111万6360円となる。 これに対して、視覚障害者の就業による年収の中央値が180万円であること、また、障害年金1級が96万6000円、2級が77万2800円となっていることからすると、少なくとも、現在の視覚障害者の収入の状況は、健康で文化的な生活水準を維持することができる生活保護と比較しても、生計の維持が著しく困難となる状況ではないと言える。 この点からも、本条項は、既に目的の正当性・合理性を失っている。 平成28年1月25日の分科会では、社会福祉法人視覚障害センター作成が実施したあはき施術所の「視覚障害者就労実態調査2014」(甲38)から平成25年の収入総額、階級別年収の資料が配布されている(乙17・12頁)が、これは就業による収入だけの統計であり、年金、手当等の収入は含まれておらず、全体の収入は明らかにされていない。 視覚障害者の生計の状況の判断には不十分であるが、審議において委員からは何も質問されていない。 (2) 視覚障害者の収入の実態 ア 原判決の判断 原判決は、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の収入は、平成25年時点で年収300万円以下の者が約76%を占め、視覚障害者であるあはき師の収入は概して低い状況にあるとする。 イ 視覚障害者の収入の実態 しかし、国は、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の収入について、継続的な調査をしておらず、また、前述したようにその半数が70歳以上という実態、生活保護の基準、あるいは、年金受給者において障害者年金を加味したトータルの収入が逆転しないように職業収入を調整している実態からから考えて、「平成25年時点で年収300万円以下の者が約76%を占め」ていることだけで、「視覚障害者の生計が更に特別な保護を必要としない程度にまで改善されたとみることはできない」と判断することは誤りである。 視覚障害者の経済状況の実態を知るには、あはき師としての職業収入だけでなく、副業収入、年金等のその他の収入の実態を調査する必要がある。 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターが平成15年1〜2月にかけて実施した鍼灸マッサージ就業実態調査(甲2)によれば、視覚障害者業者の平成14年分の施術料収入は、「300万円未満」58.0%、「300〜499万円」19.6%、「500〜799万円」8.9%、「800〜999万円」5.4%、「1千万円以上」3.6%であった(甲2・30〜31頁)。 そして、同調査によれば、施術料以外の主な収入の有無について、「ある」と回答した視覚障害者業者が63.4%で、その収入の主な内訳は、「公的年金」は84.5%、「副業」8.5%、「家族収入」7.0%、「その他」3.0%の順である。(甲2・32頁)。 すなわち、年金が生計維持のための重要な収入源となっていることは明らかである。 年金以外にも国、自治体からの特別障害者手当、福祉手当の給付がある。 ウ 障害者年金制度について 障害年金は、法令が定める程度の障害の状態があり、かつ、その状態が長期にわたって存在する場合に支給される。 障害者基礎年金の年額は、平成30年度で1級が97万4125円、2級が77万9300円であり、一定の年収基準(前年の年収が850万円未満など)を満たす18歳到達年度の末日(3月31日)を経過していない子どもがいる場合には、1人目、2人目の子1人あたり22万4300円、3人目以降の子1人あたり7万488円が加算される。 ただし、20歳以上の場合は国民年金の制度に加入していなければならないが、20歳前に障害のある場合は無拠出者でも障害基礎年金が支給される。 ただし所得制限が設けられているが、所得額が1人世帯で360万4千円、2人世帯で398万4千円を超える場合には年金額の2分の1、所得額が1人世帯で462万1千円、2人世帯で500万1千円を超える場合には金額が支給されなくなるという制度である。 従って、視覚障害のために日常生活や業務に支障がある程度の視覚障害者については、ほとんど支給対象となると考えて良い。 また、もし、国民年金に加入していない、障害の程度が法令の定める基準に達しない等の理由で身体障害者福祉法等による救済が受けられない場合、あるいはその額が少ないために、最低限度の生活の維持もできない場合は、生活保護法による保護を受けることができる(同法第4条)。 生活保護法は「他の法律又は制度による保障、援助等を受けることができる者又は受けるとことができると推定される者については、極力その利用に努めさせなければならない。」(昭和36年4月1日次官通知)としているだけである。 エ 視覚障害者の収入が低いことの事情 視覚障害者の業務収入が低いことの事情について、平成26年のあはき施術所に対する意識調査によると、視覚障害者については無免許業者が多いことがもっとも多く、次に景気の低迷、柔道整復師の接骨院が多いという順番になっている(甲11・39、40頁)。 因みに晴眼者についても同じ順番である。 しかし、以下の二点も大きな事情として考えられる。 @仕事に対するモチベーションの退化 視覚障害者の業務収入について、晴眼者の収入と比較されるが、両者においては仕事に対するモチベーションの差も認識しなければならない。 この点については、控訴人代表者に届いた視覚障害者のメール(甲12の7枚目)における「健常者のマッサージ師と視覚障害者のマッサージ師の間のモチベーションの格差の幅が広すぎる。健常者がマッサージ師になるには数百万単位のお金がかかります。 一方視覚障害者はほとんど無料同然でマッサージ師になることができます。 さらに20歳を超えた視覚障害者の多くは月6−8万円の障害年金を受けることができます。 かたや大金を払いマッサージ師をしている者と、金を大して払うことなくマッサージ師になり、さらに副収入を得ながら生活をしている者と、モチベーションの格差ができるのは当然と言えるのではないでしょうか。」 とのメッセージから現場の状況を読み取ることができる。 また、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターが平成15年に作成した「鍼灸マッサージ業における視覚障害者の就業動向と課題」(甲2)においても、「視覚障害者には低収入業者が多いにもかかわらず、経営技術の向上意欲は高いとはいえないし、施術料収入に対する充足水準も晴眼業者より低い。 こうした退行的な意識が醸成される背景に何があるのだろうか。 まず、晴眼者より希薄な三療業への誇りや価値意識を指摘せざるを得ない。 この意識特性を生む根本には、消極的選択で三療業に就く視覚障害業者が少なからずいる現実がある。 さらに、コスト意識が育ちにくい教育環境の中で育成されること、障害基礎年金制度や福祉治療券制度に依存する業者が多いことなどの諸要素も、視覚障害業者の意識特性を生む一要因を成しているのだろう。」 (甲2・68頁)と分析されている。 A 高齢化 前項で詳しく述べたように、視覚障害業者の高齢化が著しく進んでおり、無収入ないし低収入に陥っている状況がある。 6 まとめ 以上に述べたことに加えて、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の職に対する依存の度合いについて、さらに次の点を言うことができる。 @盲学校、特別支援学校において、あはき師資格を得られる制度が確立し、またほとんどそのための教育課程しかない以上、本人の意思・希塑と関係なく視覚障害者がその職に依存することになることは当然である。 しかし、中、軽度の視覚障害者が他種の職業に就職する傾向が強まって来ており、盲学校・特別支援学校に進学しない、進学しても卒業後資格取得のための専攻科に進まない生徒が増えていることは前述した通りである。 本件訴訟のことを知って控訴人代表者に送られてきた前記視覚障害者のメール(甲12の7枚目)では「視覚障害者には憲法22条1項に記されている職業選択の自由がない」との刺激的なメッセージが、「高校から盲学校に入ると、高校卒業後はそのままの流れで同敷地内にあるあはき師あるいはマッサージ師養成の学科にスライド入学する者がほとんど」、「養成課程に進学するための試験はありますが全て白紙で提出しない限り落ちることはない」「54年もこの状態が続いたせいで盲学校の生徒たちも「自分があはき師になるのは当たり前」という考えに浸っている」との現場の実態報告とともに述べられている。 従って、あはき職への依存という状況は、永年の視覚障害者の教育制度及びこれを支える視覚障害者支援の諸団体の認識が硬直化していることにも一因がある。 しかし、この状況から脱皮しなくてはならないと考えている視覚障害者の動きも芽生えてきている。 Aあはき職への依存と言った場合、考えられることは、生計維持のための依存と職業としての依存(収入とは関係なく自分はこれしか出来ないという認識)とがある。 生計維持のための依存度であれは、障害年金等で解決されてきている。 職業としての依存度については、平成28年1月25日の医道審分科会で提出された資料の中に、収入の満足度と仕事のやりがい感についての調査結果(乙17・13頁、甲2)があるが、視覚障害者は収入の満足度は低いが、仕事のやりがい感は大きいと感じていることが示されており、視覚障害者にとって、あはき職は生計のためというよりも、職業として満足を得るという意味での依存度が大きいことが推定される。 以上のような状況から、本条項は、主として重度視覚障害者の高齢者の職としての依存度を満たすためだけに機能しているものであると思われる。 もちろん、あはき職で多くの所得を得ることは望ましいことであるが、生計の維持に必要な程度では障害年金制度を含む種々の補助の支給で保障されており、晴眼者の職業の自由を制限してまで、晴眼者の資格取得のための養成施設、学校の設立の権利を奪うことについては、既に目的の正当性、必要性、合理性を失っていると考えざるを得ない。 第8 無資格者の問題について 1 本条項の存在と無資格者の増加との関連性の有無及び程度について (1)原判決の判断 原判決は、本条項の規制が無資格によるマッサージ業者の増加という事態を招来しているとの客観的な証拠はないとして、本条項のような規制は今なお必要である旨判示している(原判決34頁)。 しかしながら、以下に述べる統計からすると、同条の存在と無資格者の増加との関連性は明らかであり、原判決の判断は誤っている。 (2) 本条項の存在と無資格者の増加との関連性 ア 平成26年時点におけるあん摩マッサージ指圧師従業員数は11万3215人である(乙6・21頁、被控訴人第一審第2準備書面の別紙1、なお、この様な数字が公表されたのもこれが初めてである)が、他方、無資格者の数について見ると、総務省・経済産業省の平成24年経済センサス−活動調査によれば、「手技を用いて顧客の心身の緊張を弛緩させるための施術をする活動」は、「細分類7899 他に分類されない洗濯・理容・美容・浴場業」に分類され、その事業所数は6244、従業員数は2万3142人、売上高は1325億3700万円となっている(甲4・21頁)。 イ 更に、その後、「細分類7893 リラクゼーション業(手技を用いるもの)」が新設されたが、総務省・経済産業省の平成28年経済センサス−活動調査(甲76)によれば、「細分類7893 リラクゼーション業(手技を用いるもの)」の事業所数は1765、事業収入は324億4300万円、「細分類7899 他に分類されない洗濯・理容・美容・浴場業」に分類され、その事業所数は5823、事業収入は1803億4600万円となっており(甲76・34頁)、これらの事業所数を合計すると7588で、平成24年から1300余りも増加している。 ウ また、温熱療法などの「医業類似行為」は「細分類8539 その他の施術業」に分類され、前記平成24年経済センサスによれば、その事業所数は8027、従業員数は1万5239人、売上高は507億9700万円となっており(甲4・31頁)平成28年経済センサスでは、売上高は954億6300万円と大きく増加している(甲35・18頁)。 エ 更に、平成27年9月7日開催の医道審議会の参考資料2によれば、北海道など6つの調査対象都道府県全てで療術・リラク店舗数があん摩施術所数を上回っているが(乙6・40頁)、この様な傾向は、この6都道府県に限らず、全国的に共通していると思料される。 オ 以上の統計によれば、マッサージに対する需要や売上高が増加しているにもかかわらず(前記の「細分類7893 リラクゼーション業(手技を用いるもの)が新設されたことは、国にとっても無視できないほど、無資格者による事業が拡大したことを如実に示している。)、その増加した需要や売上高は無資格者へ流れており、有資格者の職域が浸食されていることが、容易に読み取られるのである。 カ 以上の指摘は、あん摩師の現場に精通している人々の共通の認識でもある。 すなわち、原告代表者は「養成施設を卒業して資格を取る晴眼者は一定ですが、一方では、視覚障害者の方の資格取得が減少していますから現在の需要に応じきれなくなっています…そのため…保健マッサージの領域では無免許者が跋扈するようになっています。」(甲12・4頁)と指摘し、 視覚障害者である笹田三郎氏は、厚生労働大臣の下に諮問委員会を設置し、その委員会で「無資格者の急増、その要因に対する抜本的対策」を審議すべきことを提唱しており(甲15・2枚目)、 更に、永年あん摩師の養成教育に携わった芦野純夫氏も「晴眼、視覚障害者も含めて、あん摩マッサージ指圧師の生活を脅かしているのは、無資格者の存在である。」と指摘し(甲14・3頁)、 元日本理療科教員連盟副会長の喜多嶋毅氏は「養成学校におけるマッサージ科の新増設が認められず、また視覚障害者の減少とともにあん摩マッサージ指圧師の国家試験の合格者も年々減少してきた。一方、これまでマッサージが担ってきた健康の維持増進、疲労回復の分野に対する国民の需要は減ることなく、この分野への無資格者の参入を許す結果となってきた。」と指摘し、 「視覚障害マッサージ師の生計を維持する方策を立て、19条廃止ないし大幅な緩和」を提言している(甲18の1) キ 以上述べたとおり、本条項の存在と無資格者の増加との間に相当程度の関連性の有ることは明らかであり、原判決の前記判示は失当である。 2 無資格者の取り締まりについて ア 原判決の判断 原判決は、無資格者の取り締まりが継続的に行われているにもかかわらず、視覚障害者の生計は向上しないから、この様な取り締まりと併せて、本条項のような規制が必要であるともしている。 しかし、これまで、無資格者の取り締りはほとんどなされていないのであって、原判決の認定は間違っている。 イ 無資格者の取り締まりの状況の実態 無資格者の業務に対する最高裁判所昭和35年1月27日判決は、当時の「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法12条」で禁止される医療類似行為について、「人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない。」と判示し、 これを受けて、同年3月、当時の厚生省医務局が通知を発したが、これも最高裁判決と同じ立場に立ち、禁止される医療類似行為の範囲を極めて限定的に解釈した(平成3年6月に当時の厚生労働省から発せられた「医療類似行為に対する取り扱いについて」と題する通知でも、前記最高裁の立場が踏襲されている−甲77)。 この最高裁判決とこれに追随する厚生省、厚労省の通知により、無資格者の業務に対して、現在の「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」に基づいて無免許者を取り締まることは事実上困難となった。 無免許者の取り締まりの強化などを盛り込んだ付帯決議がなされた当時、「国リハあはきの会」の事務局長であった与那嶺岩夫氏は、「器具を使う、使わないにかかわらず、人の健康に害を及ぼす恐れがなければ、無免許を取り締まれないという解釈になってしまった」、「国は無免許を取り締まらず、「具体的な視覚障害者の保護策をほとんど取ってこなかった」と指摘している(甲74)。 ウ 昭和36年10月24日の付帯決議 本条項制定のきっかけとなった「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法等」の改正審議の際には、視覚障害者の生計を守るためには、無資格者の取り締まりが最も重要と考えられていた。 すなわち、昭和36年10月17日、「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法等の一部を改正する法律案」の審議がされた第39回国会衆議院社会労働委員会において、 坂元昭議員は無資格者の取り締まりの実態について、「最近の無免許あん摩業の状況と対策」という書類の中に「実態把握が困難」、「相当数いると推定され、調査中」、「相当潜在」などのことばが散見されることなどを引用し、取り締まりが効を奏しておらず、無資格者の実態が正確に把握されておらず、取り締まりが不十分であることを指摘した(乙25号証27頁)。 これに対し、政府委員は「(取り締まりは)ご指摘のように不十分だというふうに考えております。今後さらに厳重に取り締まりをいたしたいと思います。」 と答弁し、この様な審議の結果、昭和36年10月24日の衆議院社会労働委員会において、「無免許あん摩その他これに類する者に対する取り締まりを強化すること」との付帯決議がなされたのである(乙26・13頁)。 エ 「取り締まり」の実態 以上の様な審議経過、付帯決議にもかかわらず、原判決が継続的に行われていると認定している「取り締まり」というのは、通知のみである。 しかも、通知をするのみで実際に取締りが出来ていないことは、昭和43年5月15日に開催された社会労働委員会において、国務大臣が「それに対する方針だけは通達して、そういう取り締まりに対しての通達は、正直に申し上げますと具体的にやっていない」と率直に述べているところである(甲78)。 この後も、厚生労働委員会等において、再三、無資格者に対する取り締まりについて質疑さているが、各都道府県に通知をしている旨回答するのみで、具体的な方策など一切回答されていない(甲79〜82)。 この55年にわたり、無資格者の取締りは有効になされていないのである。 従って、「無資格者の取り締まりが継続的に行われている」とは到底いえないことは明らかである。 前述した「当分の間」の解釈とも関連するが、国が本来すべきことをしないために、晴眼者の学校・養成施設の権利だけが制限される合理的な理由はなく、それゆえ、本条項は、必要性や合理性がない。 オ その他の国の対策の杜撰さ 国の無資格者に対する対策は、その他の対策についても極めてずさんなものという他はない。 例えば、平成17年10月27日に高橋千鶴子衆議院議員が、「無資格マッサージ師等の対策と視覚障害者の雇用確保に関する質問書」(甲83)を提出し、 その中で「以上のような無資格者による『類似行為』の拡大は、『あはき法』附則第一九条にいう視覚障害者等の自立、生計の維持を圧迫する一要因となっていると考えるがどうか。」と質問したことに対し、 国側の答弁書では「ご指摘の『無資格者による『類似行為』の拡大』が何を指すのか必ずしも明らかではなく、その影響も必ずしも明らかではないため、これが視覚障害者の自立及び生計の維持を圧迫する一要因となっているかどうかについて、一概にお答えすることは困難である。」としか回答できなかった(甲84)。 また、消費者庁も「法的な資格制度がない医療類似行為の手技による施術は慎重に」と国民にアピールするに止まっている(甲85)。 そしてむしろ、経済産業省は無資格業者が行うリラクゼーション業を推し進めており、令元年5月23日、参議院において、その問題を指摘する質問がなされたが、政府は、「経済産業省は、あはき法を含む関係法令の遵守を前提として、リラクゼーション業を含む健康の保持及び増進に資する商品の生産若しくは販売又は役務の提供を行う産業の発達、改善及び調整に関する業務をつかさどっている」と、無資格者が行うリラクゼーション業を擁護する回答を行っている(甲86・87)。 カ 現行法制では、無資格者の取り締まりは極めて困難であること。 そもそも、無資格者の取り締まり、摘発は一般の犯罪に比して極めて難しい。 すなわち、前記の審議過程においても、政府委員は「全国的にわたりまして、いわゆるもぐりあん摩がどのくらいいるかという数はちょっとつかめぬのでございました」と答弁して、実態が十分には把握されていないことを認めている(乙25・27頁)。 また、具体的な取り締まり方法については「とにかく、現認しなくちゃならぬ」が「非常に困ることは、この無免許あん摩業というものは業としてあん摩をしているというのがどういう基準を持ってぴったり当てはまるかという点に非常に問題がある。」と答弁して、取り締まりが困難なことを認めている(同頁)。 同委員会の政府委員の説明によれは、昭和34年に起訴された者は58名にすぎず、全てが略式命令であったということである(同28頁)。  平成16年11月4日に開催された厚生労働委員会においても、厚生労働省医政局長は「個々の具体的な行為というものを見ない限り判断できないということで、単なる名前だけではなかなか取り締まれない」と回答しており、足立信也議員からは、「専門の学校に三年間通って卒業して国家試験も通っていると、そういう有資格者と全くの無資格者が同じように併存している現状では、資格制度そのものが形骸化していると言ってもいい」とまで指摘されている(甲79)。 すなわち、現行法制の下では、無資格者に対する規制は事実上出来ないことが明らかとなっており、あはき師法を含む抜本的な改正をしなければならない状況にある。 第9 代替手段について 1 原判決の判断 原判決は、本条項による規制手段ではなく憲法に適合するより妥当な手段があるとの控訴人の主張に対して、何ら個別の検討をすることなく、いかなる手段を選択するかは、まさに立法府の政策的、技術的な判断に委ねられているものと解されるから、より制限的でない規制手段が想定されるとしても、そのことから直ちに同項の規制が著しく不合理となるものではないとして、控訴人の主張を採用しなかった。 より制限的でない規制手段が想定されるにもかかわらず、立法府の判断を不合理としない原審の判断は明らかに誤りである。 2 被控訴人は、本訴訟において、控訴人の主張する代替手段について本条項による規制手段と対比して、政策的・技術的な判断を示す責任がある 被控訴人は、原審において控訴人の代替手段の主張に対して真摯な対応をしていない。 国側に裁量権があるとしても全くの自由裁量ではない。 政策的・技術的な観点からであっても、控訴人が主張する代替手段よりも本条項による代替手段がより合理性があることを主張、立証する責任がある。 現実に隣国の台湾において、成功事例が存在しているのであるから、その調査をしてわが国においても参考になる制度かどうか検討し、本訴訟において、控訴人の主張に対して回答すべきである。 第10 本条項による制限がなくなれば、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の数が急激に増加し、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の業務を圧迫するとの主張について 原判決は、本条項による制限がなくなれば、視覚障害者以外の者であるあん摩マッサージ指圧師が急増し、その結果、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師に関し、既存の職域の縮小、顧客の減少、収入の減少等が生起し、生計の維持が著しく困難となることも十分考えられると判示する。 確かに、平成10年8月27日、福岡地裁が、福岡の業者が柔道整復師養成施設の設置を計画し、厚生大臣に施設の指定を申請したが、指定しない旨の処分通知を受けたため、その取消を求めて提起した訴訟について、同処分が違法であり取り消すとの判決をなしたことから(甲54)、柔道整復師養成施設の設置だけでなく、鍼灸師の養成施設の設置の場合も指定基準が満たされれば容認されるようになり、その結果、全国的に養成施設の設立がなされ、資格者の数が増えたということがあった。 しかし、鍼灸師養成施設や柔道整復師養成施設の設置については、本条項のような規定はなく、厚生大臣はそれまで裁量権の行使として指定しない処分をしてきたものであるが、判決は規則に規定されている指定基準が満たされる以上は、裁量の余地はないとの判断を下したのである。 従って、需要に従って増えるべくして増えたものであって、現在では増加は止まっている。 この例は、本条項を守ろうとする立場から何時も引用されるものであるが、このことで、視覚障害者である鍼灸師の収入に影響が出たとの情報、記録はない。 柔道整復師については視覚障害者の数は少ないから問題は起きないとしても、はり師きゅう師については問題が生じる筈である。 被控訴人は、晴眼者の養成施設、晴眼者のあん摩マッサージ指圧師の数が増えるというだけでなく、はり師、きゅう師についての事例があるのであるから、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の業務を圧迫することになることについて証拠を示すべきである。 原判決が何ら証拠もなく視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の業務を圧迫すると判示したことは許されない。 しかも、現実には、本条項を無くす場合、視覚障害者の自立支援等の方策が考えられ、また憲法に違反しない範囲での晴眼者の数の抑制策等が代替的に用意されることになるであろうから、視覚障害者の生計がたちまち圧迫されるということにはならない。 そもそも自由であるべき養成施設、学校の設置が本条項で規制されたものであって、その規制が解ければ、施設が増加することは当然であり、増加すると視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の業務を圧迫するから増加は認められないとすれば、一度権利を奪われた者は永遠に取り戻せないということによる。 第11 台湾における違憲判決と台湾での状況(甲88・89) 視覚障害者の職業優先の制度はわが国だけではなく、韓国、台湾でも、あん摩業は視覚障害者の独占業務とする法制度があり、韓国では2006年に憲法裁判所で違憲無効とし、台湾では、2008年10月31日に台湾の憲法裁判所で違憲無効とされた。 台湾で違憲とされたのはあん摩業を視覚障害者のみに制限する身体障害者保護法の規定であり、憲法7条の平等権、同15条の労働権、同23条の比例原則の規定に違反するというものであった。 この法律は制定後30年を経過していた。 同判決は、視覚障害者の利益を保護するために制定された規定を尊重すべきであるとしながら、社会が発展するにつれて、あん摩業への就職や消費市場は拡大し、身体障害者保護法の規定はあん摩業に従事しようとする非視覚障害者への過度な制約になっていたこと、禁止の対象となっている非視覚障害者には視覚障害者以外の身体障害者、精神障害者も含まれており、それらの障害者は視覚障害者と同様の職業の保障を受けていないこと、視覚障害者の知識・能力が日々増大し選択できる職業の種類も日々増えていること、そのため政府機関は視覚障害者のあん摩業以外に従事する能力を軽視する傾向にあったこと等のことを述べ、また、職業の選択に対する客観的条件とは、特定の職業に従事する条件が、個人の努力により達成できない条件のことであり、このような客観的条件よる規制は、特別に重要な公共の利益を保護するときのみ実行できるという比例原則を適用して違憲としたものである。 台湾の違憲判決の違憲審査基準によれば、わが国の本条項も違憲と評価されると思われる。 台湾では、この違憲判決により、視覚障害者は衝撃を受けたようであるが、同判決は、法の失効に3年の猶予を設けて、その間に政府機関に対して視覚障害者の就職機会を有効に促進させる多様で具体的な措置を執ることを求めたことから、政府機関は、これに従い視覚障害者があん摩師やその他の職業人として働く場を確保する政策に転換し、現在では台湾の若い世代の視覚障害者が誇りをもって稼働している状況がインターネット等で紹介されている。 この事実からすると、日本においても、本条項を維持するのではなく、視覚障害者が職業的に自立するような政策・立法(具体的には台湾でとられたような政策・立法)を行うことにより、目的をより良く達成することが可能であると思われる。 第12 まとめ 本訴訟は、極めて論点が多いように見えるが、要するに視覚障害者の生計の保護という弱者救済目的と非視覚障害者の職業選択の自由との比較衡量の問題である。 そして55年という歳月の問題である。 裁判所におかれては、この問題の審理について、これまでの規制目的二分論の立場から明白性の基準を採用することでなく、韓国、台湾の違憲判決と同様に、正面から比較衡量の問題として国側の主張、立証の責任を認めていただきたいと考えている。 以上