令和2年12月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 令和2年(行コ)第11号 非認定処分取消請求控訴事件(原審・仙台地方裁判所平成28年(行ウ)第17号) 口頭弁論終結日 令和2年10月27日 判決 控訴人 学校法人福寿会 代表者理事長 岸野政子 被控訴人 国 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 厚生労働大臣が平成28年2月5日付けで控訴人に対してした、控訴人の福島医療専門学校に係るあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師養成施設認定申請については、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律附則19条1項の規定により認定しない旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要(以下略称は、原判決と同じ。) 1 処分の取消しの訴え 学校法人である控訴人は、厚生労働大臣に対し、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき師法)2条2項に基づき、福島県郡山市に設置している福島医療専門学校に、視覚障害者以外の者を対象とした鍼灸マッサージ科(夜間部、修学年限4年、入学定員30名、総定員120名)を平成28年4月1日に新設することを内容とするあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師(あはき師)の養成施設の認定の申請をした。 厚生労働大臣は、あはき師法附則19条1項により、認定をしない旨の処分をしたため、控訴人は、行政事件訴訟法3条2項の処分の取消しの訴えを提起した。 医師以外の者で、あん摩、マッサージ若しくは指圧を業としようとする者は、あん摩マッサージ指圧師免許を受けなければならず(あはき師法1条)、その免許を受けるには、3年以上、文部科学大臣の認定した学校又は厚生労働大臣が認定した養成施設において必要な知識及び技能を修得し、国家試験に合格する必要があり(あはき師法2条1項)、養成施設の認定は、申請に基づき厚生労働大臣が行う(あはき師法2条2項)。 あはき師法附則19条1項は、当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての2条1項の認定又はその生徒の定員の増加についての2条3項の承認をしないことができると定める。 視覚障害者以外の者を対象とするあんまマッサージ指圧師の学校又は養成施設の新たな設置及び定員の増加を制限する附則19条1項の規定は、昭和39年9月29日に施行されたものである。 附則19条1項の規定にいう視覚障害者は、省令で定める程度の著しい視覚障害のある者をいい(附則18条の2第1項)、昭和39年の施行時から本件処分当時まで、あん摩マツサージ指圧師、はり師及びきゆう師に係る学校養成施設認定規則4条により、万国式試視力表に「よって測った両眼の視力(屈折異常がある者については、両眼の矯正視力とする。)が0.3未満のもの又は視力以外の視機能障害が高度のものとされていた。 2 控訴人の主張(憲法違反による処分の違法) 附則19条1項の規定は、憲法22条1項に違反して無効であり、この規定により認定しない本件処分は違法である。 附則19条1項の規定が設けられた昭和39年以降、視覚障害者以外の者を対象とする養成施設等の新設は認められず、その結果、視覚障害者以外の者が入学できる養成施設等は全国10都道府県にしかないため、視覚障害者以外の者の中には資格取得を諦めざるを得ない者が多数いると考えられ、附則19条1項は、視覚障害者以外の者を対象とするあんまマッサージ指圧師の養成施設等を設置しようとする者及びあんまマッサージ指圧師の資格を取得しようとする視覚障害者以外の者の職業選択の自由を制限するもので憲法22条1項に違反する。 附則19条1項の規定は、視覚障害者の生計の維持が著しく困難とならないようにすることを目的として規定されたものであり、立法当時は目的の正当性が認められたとしても、「当分の間」という時間的な制限を課している。 既に立法から50年以上が経過し、この間、障害者福祉に関する法制度の整備が進み、現在では社会全体で障害者を受け入れる環境を整備することが求められるようになり、障害者の雇用の促進等に関する法律では、国、地方公共団体、民間企業において一定の率の障害者の雇用が義務づけられ、視覚障害者の職業選択の幅も着実に広がり、現在ではあん摩マッサージ指圧師という仕事に依存しなければ生活していけないという唯一の職業ではなくなっており、立法目的の正当性を失っている。 近年、マッサージに対する需要が増加しているにもかかわらず、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が困難であるとすれば、その原因は無資格者の急増にある。 視覚障害者の生計の維持のために必要なことは、有資格者の数を制限することではなく、無資格者を根絶することなど他に代替する合理的な手段がある。 また、「当分の間」、「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるとき」が具体的にどのような場合であるか判然とせず、附則19条1項は恣意的、一般的で明確性を欠くから憲法31条及び13条にも違反する。 附則19条1項を本件申請に適用することについても、不認定等の処分の要件・基準が不明確で、どのような場合に申請が認められるか申請者において全く予測不可能であるから、本件申請に附則19条1項を適用することは憲法22条1項、31条及び13条に違反し、また、昭和57年に視覚障害者以外の者を対象とする専門学校の入学定員の増加が承認された事例と本件申請がどのように事案を異にするのか不明であるから、本件申請に附則19条1項を適用することは憲法22条1項及び14条1項に違反する。 3 事実及び争点 以上のほか事案の概要及び基礎となる認定事実は、原判決の「事実及び理由」第2及び第3の1のとおりである。 4 原審の判断 原審は、争点について次のとおり判断し、控訴人の請求を棄却した。 (1)附則19条1項が憲法22条1項に反するか 附則19条1項は、視覚障害者であるあんまマッサージ指圧師の職域優先を図ることにより、視覚障害者の生計の維持が著しく困難を来すことを回避するために設けられたものであり、同項にいう「当分の間」も、視覚障害者について、あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見出されるか、又は視覚障害者に対する所得補償等の福祉対策が十分に行われるか、いずれにしても視覚障害者がその生計の維持をあん摩関連業務に依存する必要がなくなるまでをいうと解するのが相当である。 昭和39年の制定から50年が経過しているが、視覚障害者の数は、制定当時を優に上回る水準にある。 視覚障害者は、その障害のため、事実上従事できる職種が限られ、運転免許などの免許の資格や、医師等の職業において法律上の制約を受けており、視覚障害者の就業率は、平成18年においても21.4%と低水準にある。 視覚障害者の有職者のうちあはき関連業務に就いている者が占める割合は、昭和40年に25.1%であったが、平成18年にも29.6%と他の職種を大きく引き離して最多であり、特に、職業選択に関する事実上及び法律上の制限が大きいと考えられる重度の視覚障害者の有職者については7割を超える高い割合を占め、現在でも、視覚障害者の相当数は、あん摩マッサージ指圧師の業務に依存している。 また、あん摩マッサージ指圧師の総数及びそのうち視覚障害者以外の者の占める割合は、昭和39年当時に比較して、いずれも大幅に増加し、他方、視覚障害者であるあはき師の年間収入は、平成25年に、平均290万円で、300万円以下の者の割合が76.4%にのぼるなど、現在でも低水準にとどまっている。 そうすると、視覚障害者のあん摩マッサージ指圧師の職域優先を図り、視覚障害者の生計が著しく困難にならないようにするとの附則19条1項の立法目的は、現在においても、一応の合理性を認めることができる。 昭和39年以降、障害者に対する年金制度が拡充したほか、障害者雇用の促進等に関する法律等各種法律の整備が進み、事務などあん摩マッサージ指圧師以外の職業の選択肢が一定程度増加したなどの変化もみられる。 しかし、障害年金は、制度上、視覚障害者全員が受給資格を有するものではないし、実際にも平成14年において、視覚障害者であるあはき師の約半数が公的年金を受給しておらず、視覚障害者であるあはき師の年間収入の水準はなお低い。 控訴人は、視覚障害者の保護という目的は、本来、社会保障の充実によって果たされるべきであるとか、無資格者に対する取締りを強化して無資格者を根絶することが重要であるなどとも主張するが、職業は、視覚障害者にとっても、個人の人格的価値と不可分に関連するものであり、その能力に適合した職業に就くことによって経済的に自立し社会経済活動に参加するとともに、自己実現に寄与するものであり、これらは社会保障の充実のみによって果たすことができるものではない。 視覚障害者の保護の手段として様々なものが想定される中で、いかなる手段を選択するかは、まさに立法府の政策的、技術的な判断に委ねられているから、より制限的でない規制手段が想定されるとしても、そのことから直ちに附則19条1項の規制が著しく不合理となるものではない。 附則19条1項は、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等を設置しようとする者及びあん摩マッサージ指圧師の資格を取得しようとする者の職業選択の自由を制約するものとして憲法22条1項に違反しない。 (2)控訴人のその他の主張について 附則19条1項の規定が、処分要件・基準が不明確で憲法31条、13条に違反するということはできず、その規定を適用することが憲法22条1項、31条及び13条に違反することもない。 昭和57年承認については、あはき業を取り巻く社会経済情勢が当然に異なり、本件申請と異なる事情が存在したことが認められるから、本件処分が、昭種57年承認に係る事案との関係において、不合理な差別として憲法14条1項に違反するということはできない。 5 本件控訴 控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提した。 控訴理由は、別紙1控訴理由書のとおりである。 控訴理由に対する被控訴人の答弁は、別紙2答弁書のとおりである。 第3 当裁判所の判断 1 要旨 当裁判所は、あはき師法附則19条1項により、「当分の間」の措置として、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の新設及び定員増加が制限され、その結果、その新設ないし定員増加が実際上認められない状況にあるとしても、昭和39年の立法後、半世紀を経た今もなお、重い視覚障害を有する者の多くが、あん摩マッサージ指圧師の業務に依存している実情にあることからすれば、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするという同項の規制の合理性が失われているとはいえないものと判断する。 当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての新設の認定又はその生徒の定員の増加についての承認をしないことができると定め、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の設置及び定員増加を制限することを認めた附則19条1項の規定は、本件処分時においても、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であって、公共の福祉のために必要な制限であり、憲法22条1項に反して職業選択の自由を侵害するものとはいえない。 附則19条1項の規定によりあはき師の養成施設の新設を認定しなかった本件処分は、違法とはいえない。 本件処分の取消しを求める控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。 その理由は、以下のとおり補足するほかは、原判決「事実及び理由」第3の2〜4の説示のとおりである。 2 附則19条1項により養成施設の新設等を制限する必要性について あはき師法附則19条1項は、当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての新設の認定又はその生徒の定員の増加についての承認をしないことができると定め、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の新設の認定又は定員増加の承認の申請に対し、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは認定又は承認をしないことができることとして、その新設又は定員増加を制限する規定である。 この規定においては、新設の認定又は定員増加の承認をしない処分をするにあたり、勘案すべき事情として、「あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情」が示され、処分要件として、「視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるとき」という要件が定められている。 しかし、これらの事情をどのように勘案するかは具体的に定められておらず、処分要件も必要があると認めるときという抽象的な規定であることから、あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならないとしている附則19条2項の規定を考慮しても、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の新設の認定又は定員増加の承認をしない処分をするについて、極めて幅広い行政裁量を認めているものといえる。 附則19条1項は、このように幅広い裁量により、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の新設又は定員増加の制限を可能にする規定であり、その意味では、視覚障害者以外の者を対象とするあんまマッサージ指圧師の養成施設等を設置しようとする者の職業活動の自由を制約することになる。 しかし、その制約は、既に生業として行っている職業活動が禁止されて生計の糧を失うような制限を受けるものではなく、新たな事業の展開や事業の拡大が制約されるというものにすぎない。 その意味で、養成施設等を設置しようとする者の職業活動の自由への制約は、比較的小さなものであるといえる。 また、あん摩マッサージ指圧師の資格を取得しようとする視覚障害者以外の者の職業選択の自由に対する制約についてみても、平成27年度において、22施設、定員1239名の視覚障害者以外の者を対象とする養成施設等があり、平成27年度の厚生労働省所管の視覚障害者以外の者を対象とする養成施設の定員に対する受験者数の割合は、あん摩マッサージ指圧師の昼間養成施設が149.2%、同夜間養成施設が118.6%、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の昼間養成施設が202.3%、同夜間養成施設が296.6%であり(乙17)、やや狭き門とはいえ、あんまマッサージ指圧師を業とする途は、視覚障害者以外の者にも相当程度開けており、養成施設等が全国10都道府県にしかないからといって、資格を取得して職業を営むことが実際上不可能になるほどの強い制約となっているものではない。 一方で、本件処分がされた平成28年当時においても、原判決説示のとおり、障害により職業活動に著しい制約があり、あんまマッサージ指圧師の業務に相当程度依存せざるを得ない視覚障害者、とりわけ附則19条1項の規定にいう視覚障害者である著しい視覚障害を有する者の実情を見れば、附則19条1項が処分要件として定めている視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにする必要は、まさに極めて重要な公共の利益であるといえる。 このように見れば、附則19条1項により、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等の新設の認定又は定員増加の承認を制限することは、本件処分時においても、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であって、公共の福祉のために必要な制限であり、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを定めた憲法22条1項に反して、職業選択の自由を侵害するものとはいえない。 附則19条1項が職業選択の自由を定めた憲法22条1項に違反するという控訴人の主張は、附則19条1項による視覚障害者以外の者を対象とするあんまマッサージ指圧師の養成施設等を設置しようとする者及びあんまマッサージ指圧師の資格を取得しようとする視覚障害者以外の者の職業選択の自由への制限が、比較的小さいものであるのに対し、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするという附則19条1項が立法目的としている公共の利益が、社会経済的に見て極めて重要な利益であることを正しく理解しないで、政策の当否を論じているものと評価できるにすぎない。 控訴人の主張は、附則19条1項が憲法22条1項に違反することを裏付けるに足るものではなく、採用することができない。 仙台高等裁判所第2民事部 裁判長裁判官 小林久起 これは正本である。 令和2年12月14日 仙台高等裁判所第2民事部