令和2年12月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 令和2年(行コ)第30号 非認定処分取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成28年(行ウ)第316号) 口頭弁論終結の日 令和2年10月1日 判決 控訴人 学校法人平成医療学園 同代表者理事長 岸野雅方 被控訴人 国 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 厚生労働大臣が平成28年2月5日付けで控訴人に対してした、控訴人の横浜医療専門学校に係るあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の養成施設の認定の申請については、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律附則19条1項により認定をしない旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要(略語は、特に記載するものを除き原判決による。) 1 本件は、学校法人である控訴人が、控訴人の運営する横浜医療専門学校について、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(あはき師法)2条2項に基づき、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師養成施設の認定を求める本件申請をしたところ、厚生労働大臣が、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があるとして、同法附則19条1項に基づき、上記認定をしない旨の本件処分をしたため、控訴人において、同項が憲法22条1項(職業選択の自由)、31条(適正手続の保障)等に違反して無効であるなどとして、同処分の取消しを求めた事案である。 2 原審は、あはき師法附則19条1項は、視覚障害者以外の者を対象とするあん摩マッサージ指圧師の養成施設等を設置しようとする者及びあん摩マッサージ指圧師の資格を取得しようとする視覚障害者以外の者の職業選択の自由を制約するものとして憲法22条1項に違反するということはできない、  同条同項の規定が、処分要件等の曖昧不明確さゆえに憲法31条、13条に違反するということはできない、  厚生労働大臣が本件処分をしたことが、憲法14条1項に違反する不合理な差別に当たるということはできない等と判断して、控訴人の請求を棄却したため、これを不服とする控訴人が控訴をした。 3 あはき師法の定め、前提事実、争点及び当事者の主張の要旨は、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1から3まで(原判決2頁17行目から20頁12行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断する。  その理由は、次の2のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1から4まで(原判決20頁14行目から47頁18行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。 2 原判決の補正 (1) 原判決21頁5行目の「養成学校等」を「学校又は養成施設(以下「養成施設等」という。)」と改め、17・18行目の「付帯決議」の後に「(乙24)」を加える。 (2)原判決22頁2行目の「昭和22年に制定されたあはき師法」を「昭和22年法律第212号として成立した「あん摩、はり、きゆう、柔道整復師等営業法(昭和26年改正前のあはき師法)」と、13行目の「届出業者」を「既存届出業者」と、それぞれ改め、25行目の末尾の後に「(乙24、25)」を加える。 (3)原判決24頁7行目の「口述人」を「公述人」と改める。 (4)原判決25頁4行目の「措置等について」の後に「少なくとも」を加える。 (5)原判決28頁6行目の「されたのは、」の後に、「あはき師法13条に基づき、」を加え、14行目の「別紙」を「原判決別紙」と改め(以下、同様である。)、16行目の「(乙31)」を削り、20・21行目「昭和39年が24万0820人」を、「昭和40年が25万2736人」と改める。 (6)原判決30頁12行目の「このうち、」の後に「視覚障害者以外の者の年間収入の最大値は3000万円、中央値は400万円、最頻値は500万円であり、年間収入が300万円以下の割合は41.1%であるのに対し、」を加え、14行目の「76.3%」を「76.4%」と改める。 (7)原判決31頁5行目の「98.6%」を「受験者数1218名、合格者数1201名(合格率98.6%)」と、「97.0%」を「受験者数1129名、合格者数1095名(合格率97.0%)」と、それぞれ改める。 (8)原判決32頁24行目の「きゅう師」を「きゆう師」と改める。 (9)原判決33頁20行目及び23行目の「都道府県宛て」を「各都道府県知事宛て」と、22行目の「都道府県宛て」を「各都道府県衛生部長宛て」と、それぞれ改める。 (10)原判決34頁2行目及び9行目並びに17行目の「都道府県宛て」を「各都道府県・保健所を設置する市・特別区衛生担当部(局)長宛て」と、11行目の「消費者庁」を「消費者庁消費者安全課長等」と、13・14行目の「東洋療法研修試験財団宛て」を「東洋療法研修試験財団理事長宛て」と、15行目の「消費者庁宛て」を「消費者庁消費者教育・地方協力課長宛て」と、20行目の「都道府県宛て」を「各都道府県知事宛て」と、それぞれ改める。 (11)原判決39頁10行目の末尾の後に改行の上、次のとおり加える。 「オ そこで、上記の審査基準に照らし、あはき師法附則19条1項が、本件処分時において憲法22条1項に違反するか否かにつき、同条項の立法の目的の正当性並びに同条項による規制の必要性及び合理性について以下検討する。」 (12)原判決42頁1行目の末尾の後に改行の上、次のとおり加える。 「ウ (ア)控訴人は、当審において、あはき師法附則19条1項につき、その規定内容が具体性を欠き、国の裁量に対する規制機能を有していないため、同条による職業選択の自由に対する制限は、事実上の禁止を意味しているところ、制定から55年が経過していることからすれば、 現在においても立法事実が存在し、その必要性、合理性が認められるかについて、被控訴人において、主張、立証することができなければ、職業選択の自由を事実上禁止する本条項の正当性は喪失したものと考えるのが相当であり、立法府に裁量を委ねる根拠を欠くというべきである旨主張する。 (イ)しかし、あはき師法附則19条1項は、上記に説示したとおり、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の職域を優先し、その生計の維持が著しく困難とならないようにすることで、視覚障害者を社会政策上保護することを目的とするところ、上記の認定事実及び後掲の証拠並びに弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。 a 視覚障害者の総数は、原判決別紙1のとおり、昭和35年が20万2000人、昭和40年が23万4000人、昭和45年が25万人、昭和55年が33万6000人、昭和62年が30万7000人、平成3年が35万3000人、平成8年が30万5000人、平成13年が30万1000人、平成18年が31万人であったところ、その後も、平成25年度が31万6000人、平成30年度は31万2000人と推移しており、あはき師法附則19条1項が制定された後に増加し、近年は約31万人台で推移している(弁論の全趣旨)。 b 平成18年度から平成26年度までのハローワークにおける重度の視覚障害者に対する職業紹介の全体件数の中で、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の免許を基礎とした職業が占める割合は、70.8%から75.0%の間で推移しているところ、平成28年1月25日に開催された医道審議会あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師分科会(以下「平成28年分科会」という。)では、  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターの特別研究員(参考人)から、あはき免許を基礎とする職業は、特に重度の視覚障害者が従事できる職業として、たいへん貴重な職業である旨の説明があった(乙45)。 c あん摩マッサージ指圧師国家試験の受験状況は、視覚障害のある新卒者については、平成18年が受験者数615名、合格者数521名 (合格率84.7%)であり、平成28年が受験者数355名、合格者名288名(合格率81.1%)であったところ、平成27年9月7日に開催された医道審議会あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師分科会では、文部科学省から、厚生労働省の衛生行政報告例では、現在における視覚障害者の受検者及び合格者は、明らかに減少傾向をたどっているとされている旨の説明があった(乙44)。 d 平成25年における視覚障害のあるあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の年間収入(税込ベース)の中央値は、視覚障害者以外の者については400万円であり、視覚障害者については180万円であった。  また、年間収入300万円以下の割合は、視覚障害者以外の者については41.1%であったのに対し、視覚障害者については76.3%であったところ、  平成28年分科会では、上記bの参考人から、平成25年に社会福祉法人視覚障害者支援総合センターと筑波技術大学が行った調査結果によると、視覚障害者が施術院などで働く場合の年収の平均値は290万円であるが、最頻値は200万円であり、視覚障害者の場合、収入の満足度は、「全く満足していない」と「あまり満足していない」が7割以上であるが、仕事へのやりがい感は、「大いに感じている」と「まあ感じている」が8割を超えているとの説明がされた(乙45)。 e 隣接業種である、はり師及びきゅう師の養成施設等は、平成10年度では、施設数14か所であり1学年の定員が875人であったのが、平成27年度には、施設数93か所であり1学年の定員が5665人に増加し、柔道整復師の養成施設等は、平成10年度では、施設数14か所、1学年の定員が1050人であったのが、平成27年には、施設数109か所であり、1学年の定員が8797人に増加した(乙40)。 (ウ)以上によれば、本件処分がされた平成28年2月時点で、あはき師法附則19条1項が制定されてから約50年が経過しているとしても、特に重度の視覚障害者を中心に、あはき業に対する依存度は依然として高いというべきであるし、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難な状況は、本件処分時においても継続していたというべきである。  そうすると、あはき師法附則19条1項の視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の職域を優先し、その生計の維持が著しく困難とならないようにすることで、視覚障害者を社会政策上保護するという立法の目的は、現在においても、依然として正当性を有しているというべきである。 なお、控訴人は、あはき師法附則19条1項が規定する「当分の間」について、国が何の対策もせず、又はなんらかの対策をとったとしても、その効果はなく、視覚障害者の生計の維持が著しく困難となることが続くような場合には、社会通念上、一定の期間が経過すれば、「当分の間」はすでに経過したとみなし、あはき師法附則19条1項は憲法に適合しなくなると考えるべきであるなどと主張するが、 上記で説示したとおり、あはき師法附則19条1項が規定する「当分の間」とは、視覚障害者に関し、あん摩マッサージ指圧師以外の適職が見いだされるか、又は視覚障害者に対する所得補償等の福祉政策が十分に行われるか、いずれにしても視覚障害者がその生計の維持をあん摩関係業務に依存する必要がなくなるまでの間と解するべきであり、現在においても視覚障害者がその生計の維持をあん摩関係業務に高度に依存している状況にあることからすれば、「当分の間」が経過したなどとみなすことができないことは明らかである。」 (13)原判決44頁10行目の「認められる」の後に「(なお、控訴人は、総務省・経済産業省の平成28年経済センサス−活動調査(甲74)に、リラクゼーション業(手技を用いるもの)の事業所数が1765、事業収入が324億4300万円、他に分類されない洗濯・理容・美容・浴場業の事業者数が5823、事業収入が1803億4600万円等と記載されていることから、無資格者がマッサージの需要や供給源となっており、このことによって有資格者の職域が侵食されているなどとも主張し、証拠(甲14、17の1)には同旨の記載があるが、これらの証拠によっても、控訴人が主張する事実とあはき師法附則19条1項の存在の関連性の有無や程度が実証されていないことは上記に説示したとおりである。)」を加える。 (14)原判決45頁10行目の末尾の後に改行の上、次のとおり加える。 「なお、控訴人は、当審において、あはき師法附則19条1項は、立法時において視覚障害者以外の者のあん摩マッサージ指圧師の数を抑制することを手段としたところ、その後、視覚障害者数は減少し、あはき関係業務就業者数も減少しているから、あはき師法附則19条1項には合理性が認められないとも主張する。 しかし、あはき師法附則19条1項の立法時において、視覚障害者数やあはき関係業務就業者数についての将来予測が特に考慮されたと認めるに足りる証拠はない。 また、視覚障害者の総数は、あはき師法附則19条1項が制定された後に増加し、最近20年間では30万人から31万人台で推移しているのであって、そもそも視覚障害者の総数が減少しているということにはならないし、上記に説示したとおり、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の数が増加し、年収も増え、養成施設等の受験者数も大きく増加している背景事情の下では、 視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするための規制の必要性を判断するために勘案すべき事情として、「あん摩マッサージ指圧師の総数のうち視覚障害者以外の者が占める割合」や「あん摩マッサージ指圧師にかかる養成施設等の生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合」を考慮しつつ、適切な抑制を図る必要があり、その判断のために、その時々の状況を反映させるという合理性があるというべきである。」 (15)原判決46頁8行目の末尾の後に改行の上、次のとおり加える。 「(4)控訴人は、視覚障害者のあはき関係業務就業者数は減少しており、視覚障害者が運搬・清掃、事務的職業、サービス業等のあはき師以外の職業に就くことが増えており、視覚障害者数及び視覚特別支援学校の生徒数も減少し、あはき業に就く卒業生も減少していることに加え、 あはき業よりも主として障害年金で生活を支えていると解される高齢の視覚障害者が増加し、視覚障害者の収入も生活保護による生活費扶助よりも高額であり、現在の視覚障害者の収入の状況は生計の維持が著しく困難となる状況ではなく、かつ副業収入や年金等の収入があることなどの事情が認められることから、あはき師法附則19条1項は、その目的の正当性、必要性及び合理性を失っているなどと主張する。 しかし、現在においても、特に重度の視覚障害者を中心に、あはき業に対する依存度は依然として高く、かつ、生計の維持が著しく困難な状況が現在においても継続しているというべきであることは、上記に説示したとおりであるから、控訴人の上記主張を採用することはできない。」 (16)原判決46頁9行目の「(4)」を「(5)その他控訴人が主張する内容も含めて」と改める。 第4 結論  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第19民事部 裁判長裁判官 北澤純一 これは正本である。 令和2年12月8日 東京高等裁判所第19民事部