85ページ 第7章 権利擁護 86ページ 第1節 裁判を受ける権利 1.現状  裁判においては、多くの手続きが墨字文書のやり取りによって進められる。そのため、視覚障害者が原告・被告などの裁判当事者ないし証人などの裁判関係者になった場合には、文書の点訳・音訳など、適切な合理的配慮が必要である。また、視覚障害者が裁判員になって裁判に関与することもあるが、裁判員として適正な判断を行うためには裁判資料などの情報保障が不可欠である。  しかし、現行の民事訴訟法、刑事訴訟法、裁判員法には、障害を持った当事者や関係者に対する情報保障の規定がほとんどない。わずかに、聴覚障害を持つ者に、通訳を介したり筆記でやり取りをすることなどが認められている程度である。 2.到達目標  裁判という重要な手続きにおいては、視覚障害があっても、自らの望む方法で情報を発信し、情報を受けられる制度の整備が必要である。  裁判所の責任と費用において、裁判資料の点訳・音訳・テキストデータ化などが行われ、視覚障害があっても、裁判において情報の授受において不利が生じないようにしなければならない。 3.具体的方策 (1)短期  聴覚障害や盲ろう者の団体などと連携し、裁判においていかなる合理的配慮が必要なのかを研究する。 (2)長期  民事訴訟法、刑事訴訟法、裁判員法などの関連法規に、裁判所の義務として、障害を持つ当事者や関係者に対する合理的配慮を明記する法改正を目指す。 87ページ 第2節 成年後見制度の利用 1.現状  わが国では、高齢社会を見据え、2016年(平成28年)に成年後見制度の利用の促進に関する法律(平成28年法律第29号)が制定され、今後は成年後見制度の利用がますます増加することが見込まれる。  視覚障害者についても、@成年後見人に就任する場合、A成年被後見人となる場合の両面にわたり、制度を利用する機会が増加することが考えられる。その際には、視覚障害があることが、制度を利用する際の障壁にならないようにする必要がある。  また、今後、任意後見契約制度の利用が増加することも考えられることから、この場合においても、上記@Aの両面にわたり、視覚障害があることが、制度を利用する際の障壁にならないようにする必要がある。  なお、成年後見制度を利用する場合、家庭裁判所における手続きが必要となるが、この場合の課題については、前節を参照されたい。 2.到達目標  @ 視覚障害者が成年後見人に就任する場合、適切な援助者の配置が必要となるが、この援助者の配置にかかる費用については、国が負担すべきである。    そして、成年後見人の選任権を有する裁判所に対して、視覚障害者が成年後見人の業務を行なう場合、援助者の配置があれば、視覚障害が障壁とならないことについての理解を十分に図る必要がある。  A 視覚障害者が被後見人となる場合、視覚障害者及びその家族が、安心して成年後見制度を利用することができるように、家庭裁判所における手続きや、選任された成年後見人とのコミュニケーションの場面において、視覚障害の程度に応じた合理的配慮が提供される必要がある。  B 視覚障害者が任意後見契約を利用する場合、任意後見契約上、任意後見受任者としての立場、本人としての立場の双方で関わることが考えられる。    任意後見受任者としての立場となる場合、前記@に準じることになるが、援助者の費用については、原則として、本人との合意に基づき本人の財産から拠出することになろう。ただ、合理的配慮の提供の観点からすれば、国に対し、援助者に関する費用負担制度の創設を求めることも必要となると考えられる。また、任意後見監督人とのコミュニケーションを十分に図るためにも、任意後見監督人に対して、視覚障害の特性の理解がはかられる必要がある。    他方、本人としての立場となる場合、前記Aに準じることになる。    なお、任意後見契約を締結する際には、公証役場における手続きが必要となるため、公証人及び公証役場職員の視覚障害特性に関する理解が必要となる。 3.具体的方策 (1)短期  以下の者より、成年後見制度及び任意後見契約制度を利用するに際し、困った点や改善を希望する点についての意見を出してもらい、問題点を整理する。  @ 成年後見人として活動している視覚障害者(任意後見契約に基づき就任している場合を含む)。  A 成年後見制度の利用を検討している視覚障害者やその家族、あるいは、既に被後見人の立場にある視覚障害者やその家族。  B 任意後見契約制度を利用した視覚障害者やその家族。 (2)長期  前記のとおり整理した問題点を踏まえ、市民後見人候補者や弁護士・司法書士などの専門職、成年後見人に就任しようとする者、公証人、公証役場の職員、任意後見監督人に就任しようとする者に対して、研修などを通じて、視覚障害者に対して提供が必用となる合理的配慮を周知する。 89ページ 第3節 契約の締結 1.現状  視覚障害者は、自筆での署名ができない、重要事項説明書を読めないなどの理由で、クレジットカードの作成、各種保険契約、住宅ローン契約など、様々な場面で契約の締結を拒絶されることがある。  また、契約締結に際し、視覚障害者単独での手続きを拒否し、健常者の家族や親族を連れてくるように求められることもある。 2.到達目標  視覚障害があっても、自らの意思のみに基づいて、追加の費用負担なく様々な契約手続きを行うことのできる社会を実現させる。 3.具体的方策 (1)短期  本来、契約は当事者間の意思の合致のみで成立するので、署名は契約締結の必要条件ではないはずである。しかし現状では、契約当事者の本人確認及び本人の意思の確認のための最も簡便な方法として、多くの契約場面で署名の自署が求められている。つまり、署名以外の方法で契約当事者の本人確認と意思の確認ができるのであれば、署名を自署できない視覚障害者も有効に契約を締結できるはずである。  そのため、障害者本人にとって利用しやすい契約関係書類の代読、契約書への署名の代筆を公的に支援する制度の実現を求めて働きかけを行う。この制度の実現に向けては、一方で、その者の意思に従った契約を結ぶことができること、他方でそのものの意思によらない契約締結(なりすましなど)を防止することの視点が必要である。  また、ICTの発展により、顔認証などの生態認証が契約場面に導入される場合、それが視覚障害者にとって利用しやすいものとなるよう、経済産業省や業界団体に働きかけを行う必要がある。 (2)長期  視覚障害者が契約を締結するに際し、必要に応じ、公費で、弁護士、司法書士、公証人などの法律実務に精通した専門家の支援を受けられる制度を実現する。 90ページ 第4節 虐待や差別を受けた場合の救済 1.現状  視覚障害を理由に虐待やハラスメントを受けたり、差別を受けた場合、適切な相談窓口がないために泣き寝入りを強いられる視覚障害者は依然として多い。  しかし、本来、このような困難や不便の声の受け皿となるべき視覚障害当事者団体には、相談を受け、適切な紛争解決を行うノウハウが十分ではない。 2.到達目標  本連合をはじめとする視覚障害当事者団体が、差別や虐待などの相談を受け、解決に向けた助力ができる仕組みづくりを行う。 3.具体的方策 (1)短期  本連合において既に設置されている「金融機関110番」のように、「差別解消法110番」、「障害者虐待110番」など、身近な問題を相談できる窓口を設置する。  そして、そこに寄せられた相談のうち、必要があると判断したものについては、本連合として抗議文や要請文を送る、電話や訪問などで改善策を話し合うなどの解決に向けて支援を行う。個々の問題に対しても組織として積極的に動き、会員にとって本連合が「使える存在」、「頼りになる存在」になることを目指す。 (2)長期  視覚障害者全体への影響が大きく、波及効果が期待できるような事例については、本連合が金銭的なバックアップを行って裁判を起こすことができる仕組みを作る。  例えば、アメリカの全米盲人連合(NFB)は、団体として積極的に訴訟支援を行っている。視覚障害者に対応していない電子書籍端末(アマゾン社のキンドル)の導入を決めたアリゾナ大学に対し、ADA法に違反するとして全米盲人連合が訴訟を提起した。この訴訟がきっかけとなり、その電子書籍端末を開発しているアマゾン社は、当該端末に視覚障害者向けの読み上げ機能を搭載することになった。  当事者団体の訴訟支援の方策については、このような海外の先進的な例を研究し、本連合がどのような取り組みを行うことができるか検討する。 91ページ 第5節 防犯 1.現状  視覚障害者が地域で安心して暮らすためには、住居の安全や、移動の安全が確保される必要がある。しかし、核家族化が進んだ現在の社会状況にあっては、地域社会における連携の意識が希薄化し、他者に対して無関心となる傾向が強い。その結果、地域で生活する視覚障害者が日常生活を送る上で孤立を深める場合も多い。  また、視覚障害者が犯罪の被害に遭遇した場合、視覚から得られるはずの犯人特定情報などの関連情報が得られないため、被害回復が図られない危険性も大きい。犯罪防止・被害回復のための支援器具の普及は急務である。 2.到達目標  視覚障害者が地域社会において安心して暮らせるようにするため、住居の安全、移動の安全を確保する目的で、市町村及び町内会などと連携したネットワーク体制を構築する。  また、視覚障害者が犯罪に遭遇した場合、犯人特定情報などの関連情報を得るための支援器具(例:車載カメラなど)の開発・普及が求められる。  そして、視覚障害者自身も、日常的に防犯の意識を持ち、自らを守る術を持つようにしなければならない。 3.具体的方策 (1)短期  災害時要援護者名簿などを利用して、視覚障害者が希望する場合には、市町村役場、地元の警察、町内会や民生委員とのネットワークの構築を試みる。ただし、この場合には、視覚障害者のプライバシー保護についても留意する必要がある。  また、各都道府県警察とも連携し、視覚障害者向けの防犯教室や啓発活動を実施する。 (2)長期  視覚障害者が被害にあった場合に直ちに救助を求めることができるようにするため、警察などへの直通緊急通報ボタン(携帯用)などの器具を検討し、普及させることを検討すべきである。  また、視覚障害者が犯罪に遭遇した場合に備えて、犯人特定情報などの関連情報を取得するための器具を開発・普及させ、被害回復が図られるようにすべきである。