37ページ 第3章 教育・リハビリテーション 38ページ 第1節 視覚障害者の教育 1.現状  日本の盲学校(視覚特別支援学校)は、1878年(明治11年)に先達の熱い思いにより、京都盲唖院(現京都府立盲学校)が創設されてから、各地に盲学校が設立され、140年にわたり、日本の視覚障害者に希望と光を与え続けてきた。1959年(昭和34年)には全国77校の盲学校が存在し、1万人を越える在籍者であったが、その後、徐々に生徒減少が始まり、2017年(平成29年)は全国65校、在籍数は2,731人で、ピーク時の3割弱となっている。この65校の中で、在籍者数が100人を越える学校は3校に留まり、30校が30人未満の小規模校となっている。さらに4校が一桁の在籍者数である。  このような状況における「盲学校教育」は、すでに公教育としての教育機能を十分行えない状態にあると思われる。少数のために、社会性が身につきにくく、集団の中で培われる競争心も高まりにくいなどの問題が指摘されている。  上記のような幼児・児童・生徒数の減少の原因には、いくつもの要因が複雑に関わっているが、主に以下の3点が重要と考えられる。  @ 急速な少子化の進展。  A 医学の進歩による視覚障害児の発生率の低下。  B インクルーシブ教育の進展。  @については、国全体の政策によるものであり、ここでは論じないこととする。Aについては、医学の進歩は誰もが望んでいることであり、先天的な視覚障害者や学齢児や中途の視覚障害者そのものが減じたり、新たな治療法により、視覚障害を改善できることは、望ましい限りである。Bについては、以下でこの10年の動きを中心に考えてみたい。  この進展の大きな潮流の原点は、2006年(平成18年)の「障害者権利条約」の採択である。わが国もこの条約に署名するとともに、国内法の整備を進め、2014年(平成26年)には条約に批准した。この間、特に、2011年(平成23年)の障害者基本法の改正が、障害者教育の大きな転換となった。  この改正障害者基本法第16条においては、障害者の教育に関する規定(※1)が置かれているところであり、障害のある児童生徒などの就学に関する手続については、これらの規定を踏まえて対応する必要があること、特に、改正後の学校教育法施行令第18条の2に基づく意見の聴取は、市町村の教育委員会において、当該視覚障害者などが認定特別支援学校就学者に当たるかどうかを判断する前に十分な時間的余裕をもって行うものとし、保護者の意見については、可能な限りその意向を尊重しなければならないことが定められている。  これにより、就学先決定においては、保護者の意見を最大に尊重することとなり、地元の学校で通常学級に所属する場合や弱視特別支援学級を設置し通学する場合が増加している。多様な学びの場が確保され、インクルーシブ教育が進展することは、本連合としても運動方針に掲げているところである。  しかし、インクルーシブ教育の進展の中で、視覚障害者に求められる教育の本質について、深く考えられたことはあるのだろうか。  インクルーシブ教育の制度設計がなされ、実施されたのは、ここ10年程度である。それ以前から視覚障害児の地域学校への希望は根強く、障害当事者とその家族そして支援者が各地の教育委員会に訴え、通常の学校で学ぶ例が首都圏・関西地区などを中心に広がっている。しかし、障害者権利条約の理念や改正障害者基本法に基づく障害者の就学に係わり、インクルーシブ教育の制度設計がなされたものの、その教育環境や質は十分ではない。また、インクルーシブ教育を受けた児童・生徒の進路についても十分な支援がなされているとは限らない。特に教育の質を担保する教師の専門性がどの程度発揮できているか甚だ疑問である。このような教師の専門性を補うために、一部の視覚特別支援学校においては、インクルーシブ教育を受けている視覚障害学生を支えるための支援を行う所も出てきている。 2.到達目標  視覚特別支援学校か地元地域の学校へ入学するのかの決定権は、視覚障害児・者とその親にあるべきである。どちらに就学しても、平等に教育の質を担保しつつ、様々な支援(点字教科書・介助教員など)が受けられるようになることが必要である。 3.具体的方策 (1)短期  @ 本連合内に「インクルーシブ教育推進会議(仮称)」を設置する。  A 視覚特別支援学校に関する実態調査を行う。  B 全国視覚障害児童・生徒用教科書点訳連絡会と連携し、インクルーシブ教育を受けている視覚障害児・者を把握する。  C インクルーシブ教育を受けている視覚障害児・者のネットワークを構築する。  D インクルーシブ教育を受けた者の実態把握を行う。  E ネット回線やICTを活用した遠隔授業に関する調査及び研究を行う。  F 視覚障害に携わる教員の資質及び処遇に関する研究を行う。 (2)長期  現在の視覚特別支援学校を一新し、都道府県あるいは地方単位で「視覚障害教育支援センター校(仮称)」を設置する。地域における視覚障害の拠点校として、高い専門性のもと、在籍する視覚障害児・者の教育、視覚障害あはき師の育成と卒後研修、地域におけるインクルーシブ教育の支援を行う。 【主な機能】  @ 在籍する幼児・児童・生徒の教育。  A あはき教育。  B あはき師の卒後研修。  C あはきに関する調査・研究。  D 視覚障害に関する理解啓発、情報発信。  E 教育相談の実施。  F 一般校や視覚特別支援学校の幼児・児童・生徒・学生及び教師に対する支援。  G 視覚障害児・者を養育する保護者の支援。  H 視覚障害者の就労支援。  I 視覚障害教育に関する研究及び研修の実施。 4.課題  @ 視覚障害児・者のインクルーシブ教育には地域格差が生まれている。全国統一の教育システムの実施が必要である。  A 現在までの盲学校で培われてきた、視覚障害教育の専門性を効果的に発揮する方策について、関係者間の合意形成をどのように図っていくか。 5.参考資料 (※1)障害者基本法(抄) (教育) 第16条 国及び地方公共団体は、障害者が、その年齢及び能力に応じ、かつ、その特性を踏まえた十分な教育が受けられるようにするため、可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、教育の内容及び方法の改善及び充実を図るなど、必要な施策を講じなければならない。 2 国及び地方公共団体は、前項の目的を達成するため、障害者である児童及び生徒並びにその保護者に対し十分な情報の提供を行うとともに、可能な限りその意向を尊重しなければならない。 3 国及び地方公共団体は、障害者である児童及び生徒と障害者でない児童及び生徒との交流及び共同学習を積極的に進めることによって、その相互理解を促進しなければならない。 4 国及び地方公共団体は、障害者の教育に関し、調査及び研究並びに人材の確保及び資質の向上、適切な教材などの提供、学校施設の整備、その他の環境の整備を促進しなければならない。 42ページ 第2節 高等教育 1.現状  近年、視覚障害者の大学進学は大幅に進んでいる。多くの視覚障害者が高等教育を望んでおり、多種多様な学部・学科に進学している。  一方、大学側においても、視覚障害者を受け入れる様々な制度を整えて、視覚障害学生が他の学生と同等に勉学に勤しむことができるように支援している。一例としては、大学内に障害学生支援センターを設置し、視覚障害の学生からの様々な相談・要望に応えている。また、紙ベースでのやり取りではなく、電子データやメールなどでの意思疎通や課題の提出なども実施している。さらに、設備面では、学内での安全な移動の保障として、視覚障害者誘導用ブロックの敷設や誘導チャイムの設置、教室名の点字表示などを整備している。  他方、学外においても、独立行政法人日本学生支援機構が2006年(平成18年)10月に開始した「障害学生修学支援ネットワーク」の相談事業で、大学・短大・高専(以下、大学など)における障害支援担当者からの相談に応じる仕組みを構築している。事業の内容としては、全国の各地域ブロックに積極的な取り組みを行なっている大学などを拠点校として、該当地域ブロックの大学などを中心に障害学生を受け入れる際の相談などを受け付けている。 2.到達目標  視覚障害者の受験については、その視覚障害当事者の生まれ育った所で平等に受験勉強ができ、大学受験はもちろん、受験準備校への入学も保証されることが求められる。  また、在学中は、視覚障害者が授業を受けるために必要とされる点字教材の用意、介助教員の配置、音声パソコンの整備などを保証し、健常者の学生と平等に大学生活を受けられることも必要である。 3.具体的方策 (1)短期  高等教育・大学進学を希望する視覚障害者を把握するネットワークづくりを急ぐ。特に、地域の一般校で学んでいる視覚障害者の進学者の情報を収集することが必要である。 (2)長期  視覚障害者が在籍している、あるいは在籍したことがある大学の障害学生支援センターとの連携を探っていくことが重要である。 4.課題  @ 視覚障害者の中で、地域の一般校で学んでいる生徒の高等教育希望者の把握が今の時点では困難である。  A 卒業後に向けた視覚障害者の就労相談体制を構築することも必要である。 44ページ 第3節 障害児の保育 1.現状  全国には、視覚障害児の教育を保障するため、各都道府県に視覚特別支援学校が設置されている。しかし、全国でも65校しかなく、ほとんどの県には1校しか設置されていない。  また、視覚特別支援学校には、必要に応じて3歳児から5歳児の視覚障害児に対し幼稚部を設置して幼児教育を行うことができる。しかし、幼稚部在籍の子供は非常に少なく、設置されていない地域も多い。子供の少ない理由としては、以下の背景などがある。  @ 家から盲学校が遠く、送迎ができない。  A 幼児期には健常児と一緒の保育の場を保障したい。  B 視覚特別支援学校に行っても子供が少なく、集団が保障されない。  C 居住する県に幼稚部がない。  さらに、指導者においては、集団が保障されにくく、専門性の担保が難しい面があったり、地域の保育園・幼稚園で過ごす視覚障害児を抱える園の先生が相談できる機関が少ない面もある。  一方で、3歳児未満の視覚障害児に対しては、教育相談という形で必要に応じて視覚特別支援学校で支援されているが、そのための経費も充分には保障されておらず、その頻度や形態は学校により様々である。また、視覚特別支援学校へのハードルが高く、相談に行けない弱視の子供を持つ保護者は少なくない。眼科医の診断や視力検査の結果だけでは、子供に対して視覚的な支援が必要なのかどうか分からない保護者も多く、幼児期には専門機関に繋がらないケースも多い。 2.到達目標  視覚障害乳幼児やその家族・地域に対する支援を充実させる。全国どこに生まれても、安心して暮らすことのできる社会を作るために、視覚障害乳幼児の保育環境やその保護者への支援を充実させていく。 3.具体的方策 (1)短期  視覚障害乳幼児やその家族・地域に対する支援の大切さを、広く発信していく。例えば、京都ライトハウスあいあい教室では、毎月発行する「あいあい通信」(※1)をホームページに掲載している。 (2)長期  視覚障害乳幼児や家族の現状を全国的に調査し、その支援方法について模索していく。 4.課題  京都ライトハウスあいあい教室のように、視覚障害や視覚に不安のある子供を対象にした親子教室の存在は、全国的にも数少ない存在ではあるが、その実践を高め、全国へ発信していくことも進めていきたい。  視覚障害乳幼児の保育については、全国的にもまだまだ手探りであり、確立されていないことが多い。それこそ、教育を受けるための家族の負担は大きく、家族の転居、母子が家族と離れて視覚特別支援学校の近くで暮らすなど、結果的に母親が仕事を続けられない場合も多い。また、地域に友だちがいない、あるいは視覚障害児同士の友だちがいない、夏休みなどの長期休暇の過ごし方に不安があるなど、今なお多くの保護者が不安を抱えながら暮らしている現状がある。  そのため、それが少しでも軽減でき安心に繋げられるような、制度の充実と地域社会の理解、指導者の専門性の向上を進めていく必要がある。 5.参考資料 (※1)京都ライトハウスあいあい教室「あいあい通信」 http://www.kyoto-lighthouse.or.jp/services/read/id/2 46ページ 第4節 中途視覚障害者の教育・リハビリテーション 1.現状  近年における日本の障害者に関する法制度の改正や整備に伴い、障害福祉サービスの制度や枠組みは大きく変化してきている。この結果、障害者に対する支援は、総合的で多面的なサービスが求められている。  一方で、視覚障害者自身に目を向けると、中途視覚障害者においては高齢化や視覚障害以外の障害を併せ持つ者が増加している。これにより、視覚障害リハビリテーション(以下、視覚リハ)のニーズは、「自立した生活」を目指すものから「生活の充実」を図るものへと変化している。  訓練機関で実施される支援内容も、これまでのトータルな生活(自立)訓練よりも、むしろパソコンなどの単一の訓練を望む傾向にあり、かつ、短期間での訓練や訪問の形態での訓練を望んでいる。特に、パソコンなどに対する受講ニーズは高く、現職復帰を含めた一般就労に直結するため、その手段としてICT訓練が主流になっている。  また、視覚リハを実施する場所は、自立訓練(機能訓練)サービス事業所にて実施するものが主流であるが、現状は、都市部に集中しており地域による偏りが大きい現状がある。 2.到達目標  @ 視覚リハの主要科目である歩行訓練の制度化を図り、全ての都道府県で受講できる体制を構築する。  A 今後、視覚リハが「住み慣れた地域」を主体として展開され、医療、教育、福祉、就労分野、それぞれ連携のもとで視覚障害当事者が安心・安全に視覚リハを受講できる体制を構築する。  B 全ての眼科機関でロービジョンケアが受けられる体制整備を行う。 3.具体的方策 (1)短期  本連合が2016年(平成28年)度及び2017年(平成29年)度に実施した歩行訓練に関する調査結果(※1)(※2)などから問題の所在を明らかにして、視覚障害当事者が視覚リハを受講しやすくするため、次のような政策的な提言を行う。  @ 視覚リハの内容や提供体制に関すること。  A 歩行訓練の制度化に関すること。  B 専門スタッフ(歩行訓練士、ロービジョンケア)の育成に関すること。  C 相談支援におけるネットワーク体制の強化に関すること。 (2)長期  医療、教育、福祉、就労など、それぞれの分野で強固な連携が図られ、地域での視覚障害に関するあらゆる相談支援や視覚リハが実施できる体制を構築する。 4.参考資料 (※1)2016年(平成28年)度の調査結果  厚生労働省平成28年度障害者総合福祉推進事業「視覚障害者のニーズに対応した機能訓練事業所の効果的・効率的な運営の在り方に関する調査研究」  http://nichimou.org/all/news/secretariat-news/170406-jimu/ (※2)2017年(平成29年)度の調査結果  厚生労働省平成29年度障害者総合福祉推進事業「視覚障害者が日常生活を送る上で必要な支援に関する調査研究」  http://nichimou.org/all/news/secretariat-news/180409-jimu/