77ページ 第4章 さいごに 79ページ 弱視者からのお願い 1つの行動が弱視者の助けになります!  第2章、第3章で紹介をしたとおり、弱視者の見え方、行動、そして困り事は人によって大きく異なっている。そして、これらの困り事のために、数多くの弱視者が不便さを抱えながら日常生活を送っている。  21世紀になり、障害者権利条約が発効され、共生社会が求められている現在、この弱視者の困り事などを理解し、弱視者が不自由なく生活を送れるようになることが、社会全体の大きな課題と言える。  本報告書の最後は、少しでも弱視者の生活が豊かになるためにも、改善すべき点をとりまとめた。  これらのお願いは、決して難しいことではない。是非、社会全体でこれらの「弱視者からのお願い」を実現してほしい。 コラム 障害者権利条約と共生社会について  従来、障害とは、個人の心身の機能の欠陥だと考えられてきた。しかし、日本が平成26年1月に批准した障害者権利条約では、障害とは、多様な人の存在を想定せずに作られた社会の側の不備であり、障害は個人にあるのではなく、社会の側にあるのだと理解されている。  障害は、個人のリハビリや訓練のみでは乗り越えられない。社会の側が変わらなければ、根本的な問題は解決しないというわけである。  近年、わが国でも、社会が抱える障害を取り除くため、障害者差別解消法、バリアフリー法などの法整備が進められている。しかし、制度を運用するのは「人」である。まず、国民一人一人が、自分の心の中に「障害」がないか改めて考えてみること、それが、だれもが住みやすい共生社会を実現するための第一歩である。 80ページ 1.制度やルールを変えてほしいこと       共生社会やバリアフリーという考え方が進み、近年では、様々な法律や制度に対して、障害者が生活しやすくなるための変更や改善が盛り込まれるようになった。国の動きでは、平成28年2月に「ユニバーサルデザイン2020行動計画」が示され、国全体での真のバリアフリー社会の実現に向けて動き始めている。  しかし、弱視者が暮らしやすくなるための改善は、まだまだ道半ばと言わざるを得ない。  本報告書の第3章では、様々な困り事を紹介した。これらの困り事の一つ一つは小さなことではあるが、制度やルールが変われば、困り事は改善され、弱視者の暮らしが豊かになるものと信じている。  制度やルールといった道筋がなければ、正しい方向へ進むのは難しい。そのため、以下の「お願い」は必ず実現させてほしい。 (1)見えにくいことを補助する仕組みやアイデアを、どのようなものにも必ず含ませ、弱視者が選択して使えるようにしてほしい。   一部のスマートフォンでは、商品を購入した時点から画面読み上げ機能が最初から入っており、使う者の選択で音声を出す・出さないが選べるようになっている。また、紙で印刷された書類は見えづらいが、その書類のデータ版があれば、自分で見やすい色や文字の大きさにして見ることができる。弱視者が「自分が見やすい方法」を選択できる仕組みが予め組み込まれていることこそ、真のユニバーサルデザインと言える。 (2)弱視者が「見づらい・使いづらい」ことは、実は他の障害者・健常者も「見づらい・使いづらい」可能性がある。そのため、弱視者の意見を聞いた上で、制度やルールを決めてほしい。   駅の改札口において、改札近くで初めてICカードのみの改札だと気付くことは、弱視者だけではなく一般の利用者でも間違うことが多い。また、セルフレジなどのタッチパネル式の端末は、機械操作が苦手な者なら誰でも戸惑うことが多い。弱視者が「見えやすい・使いやすい」ことに基準を合わせると、全ての人にとって見えやすく、使いやすいものになる。 81ページ 2.みんなに知ってほしいこと          近年の社会では、共生社会の考え方が浸透し、健常者と障害者が一緒に生活することが一般的になりつつある。特に、この共生社会の進展においては、障害に対する理解が重要とされ、様々な啓発活動などにより障害への理解が高まり、共生社会が広まっている背景がある。  しかし、弱視者においては、その障害特性や困り事が多様であることから、その困り事などは理解されにくく、困難を抱えながら生活をしている者が大変多い。そのため、多くの弱視者は、安心して生活をするために、自分の困り事を周りに理解してもらい、困り事に対する支援が簡単に受けられるようになることを望んでいる。  弱視者の見え方や行動、そして困り事は千差万別であることから、その全てを理解することは難しい。ただ、以下の「お願い」は、弱視者の困り事を理解する上で、社会全体で必ず知ってもらいたいことになる。是非、この「お願い」を理解して、困っている弱視者がいれば手を差し伸べてほしい。 (1)弱視者が「見えづらい」ことを不思議に思わないでほしい。   スーパーやコンビニなどで商品を目に近づけて見るのは、弱視者が、商品の値段や賞味期限などを自分にとって見えやすい方法で確認するためである。また、「書類の文字を太く書いて下さい」や「赤いペンを使わないで下さい」とお願いするのは、弱視者が自分にとって見えやすい文字を提案するためである。色々な「見え方」、そして色々な「行動」があることを知ってほしい。 (2)困っている弱視者がいたら、「どうしたら見えやすくなるか」「どうしたら困らないか」を一緒に確認してほしい。   例えば、夕方にパン屋に訪れた弱視者が、今日は夕日が目に入るので見えづらいと相談され、店員が欲しいパンを取り、レジまで一緒に運んだという事例があった。弱視者でなくても、困っていることがあれば、周りに相談して、解決しようと思うのは当たり前のことである。ただ、弱視者は自分の困り事が周りに理解されないかもしれないという不安から、なかなか相談ができないことが多い。そのため、その困り事を不思議に思わず、一緒に考えて行動をすることが大切である。 82ページ 3.弱視者自身が注意したいこと         弱視者の中には、その者の社会的な状況から弱視であることを隠して、健常者として生活している者も多いとされている。懇談会では、この原因の1つとして、社会において弱視者の困り事が理解されていない点が指摘された。しかし、この点と同時に、弱視であることを隠すことは、本人にとって実は良い方向に進まないことも指摘された。つまり、困り事などを周りに真剣に理解してもらうためには、自らが弱視者であることや困っていることを意思表示することこそが必要になる。  自分が弱視者であることを話すのは勇気のいることではあるが、今の社会はそれを受け止めてくれる。是非、弱視者自身も勇気を出して行動してほしい。 (1)弱視であることを恥ずかしがらず、自分が見えづらいこと、お願いしたいことは周りに伝えてみる。   弱視者は、自分が障害を持っていることを知られたくないと思う者も多く、視覚障害者のシンボルとなる「白杖」を持つことに抵抗を感じる者が多い。そのため、周りから視覚障害者と認知されず、結果的に困ることが多いとされている。ある弱視者が、白杖を持つようになったら、声をかけてもらえたり、困った時の相談がしやすくなった、との事例も報告されている。周りに理解してもらうためには、自分から行動を起こすことも大切である。 (2)困ったことがあったら、まずは相談。自分の中にこもらず、周りの力を借りることが自立への近道。   弱視で見えづらくなり、生活しづらくなったが、視覚障害者の団体に入ったら、同じ境遇や同じ悩みを持つ仲間と出会い、悩みが和らぎ、どうやったら上手く生活できるかのアイデアをもらった、という例がある。1人で悩むのではなく、周りの力を借りることは自立への近道である。また、相談をすることで、心の平静も得られることもあり、前向きに進むための大切な行動とも言える。 83ページ 4.一番のお願い                これまで紹介した困り事を解決することで、少しでも弱視者が「私は弱視です」と言える環境になることこそが、本報告書の一番の「お願い」である。  現在の弱視者は、「目が見えづらい」ということについて、周りに知られることを恐れ、弱視であることを隠して暮らしている者が大変多い。なぜなら、弱視であることを知られると、差別を受けたり、偏見を持たれると思っているためである。そして、実際に弱視であることが周囲に知られたために、差別や偏見を受けたケースも大変多い。  目が見えづらい、見えにくいことは誰にでも起こり得ることである。つまり、誰もが弱視者になる可能性がある。  弱視者の見え方や行動、そして困り事が少しでも理解されることは、健常者も障害者も共に生活できる「共生社会」に近づくための重要な手立てではないだろうか。是非、弱視者の困り事を理解し、共生社会の実現に向けて1歩を踏み出してほしい。 84ページ 5.今後の検討課題               これまでの懇談会、そして本報告書の編集を行う中で、弱視者に係わる問題は他にもあることが分かった。  その1つは、弱視の子供の早期発見と適切な支援である。この問題は、視覚障害リハビリテーションの専門家から指摘があり、子供は自発的に「見えない」と言えないため、親などが弱視であることに気付く必要があるとされているが、気付くまでに時間がかかることが多い。もし、子供が弱視であることに早く気付けば、早期に適切な療育や教育の支援が受けられ、その子の将来を支えることにつながる。そのため、いかにして弱視の子供を早期に発見し、適切な支援を与えることができるかが課題となっている。  また、一部の弱視者においては、身体障害者手帳の基準に見合わないことから障害認定がされず、必要な支援が受けられていないことが分かった。例えば、障害認定が受けられれば、同行援護などの自治体からの障害福祉サービスが利用できるが、認定を受けていないが故に、希望してもサービスが利用できないという事例が報告されている。他にも、大学入試や資格試験における試験時間の延長が認められないなどの事例もあり、社会の基準と弱視者の現実との間にあるギャップを、いかにして埋めていくかは大きな課題である。  一方で、弱視者自身に目を向けると、障害者と健常者の狭間で悩む者も多く、これらの弱視者は、自身のアイデンティティーが分からず、精神面で大きな不安を抱えていることが分かった。特に、弱視であることを隠して生活している者ほど、社会からの孤立感は大きく、弱視者の心理的ケアも重要になっている。  この他にも、医療現場での困り事、読み書きや読書の困り事、女性や高齢者ならではの困り事など、様々な問題があることが判明している。これらの問題についても、弱視者が安心して暮らすためには、早急な解決が求められている。  本連合では、引き続き、弱視に関する問題を調査・研究し、弱視者の生活環境が向上するよう、活動を継続していく。  特に、弱視者の問題を解決するには、多くの事例や意見を集め、弱視者自らが解決策を示すことが重要である。そのためには、弱視者が集まれる組織の構築も必要と考えている。