視覚障害者にとって差別ってどんなこと?                   社会福祉法人 日本盲人会連合    前書き  2014年(平成26年)1月20日に、わが国は国連「障害者の権利に関する条約」を批准しました。政府は批准に向けた国内法の整備を行い、障害者基本法の改正、障害者総合支援法と障害者差別解消法の成立、障害者雇用促進法の改正など、障害当事者の参画を得て、制度改革を実行してきました。こうした社会の流れを踏まえて、日本盲人会連合では、視覚障害当事者の「差別と感じる事例」を集め、本小冊子をまとめることにしました。権利条約の目的である、すべての人々と共に障害によって分け隔てられることのない、誰もが住みやすい社会の現状を知るための、現時点における一つの指標となるのではないか、と考えたからです。「共に生きる」社会の実現に、幾ばくかでも寄与できれば幸いです。(日本盲人会連合情報部・編集室)    障害者の権利に関する条約   【障害者権利条約とは】  日本政府は、2007年(平成19年)9月28日に権利条約に署名し、2年後には批准(国際的な約束事)にむけて動き始めようとしました。  しかし、多くの障害者団体は当初から、基本的な法制度の整備を行ったうえでの批准を求め、拙速な批准には反対していました。政府は、障害当事者の「声」を受け入れたのち、権利条約批准のための障害者制度改革、具体的には国内法の整備に着手し、障害者基本法の改正、障害者総合支援法と障害者差別解消法の成立、障害者雇用促進法の改正などの成果を上げました。そして、2014年(平成26年)1月20日に、批准書を寄託し、同年2月19日には効力が発生しているのです。  この条約は、「障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進することを目的として、障害者の権利の実現のための措置等について定める」(外務省ホームページより)ものです。その条約の原則の根幹は、障害に基づく差別をなくすことだといえます。   【障害者差別解消法とは】  2013年(平成25年)6月19日、国会にて、国連の「障害者の権利に関する条約」の締結に向けた国内法制度の整備の一環として、障害を理由に差別されたり、国の行政機関や地方公共団体、さらには民間事業者などにおける障害を理由とする差別を解消するための措置などを定めたりすることにより、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、お互いに人格と個性を尊重し合いながら共に生きる差別のない社会作りを目指すのが目的の、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)が成立しました。この法律は、ガイドラインの作成や広報・啓発などの準備をして、2016年(平成28年)から施行されます。私たち障害者にとって重要な点は、障害当事者から何らかの配慮を求める意思表示があった場合、求められた事業体は、過度な負担になり過ぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要な「合理的配慮」を行わなければならない、という規定です。こうした配慮を怠ることによって、障害者の権利利益が侵害される場合には、差別に当たるとみなされるのです。    視覚障害者への合理的配慮   【合理的配慮とは】  障害者基本法の第4条では、障害者だからという理由だけで差別するような権利侵害行為の禁止や、社会的障壁の除去に伴う負担が、過重でない限りにおいて合理的な配慮の提供などを定めています。障害者差別解消法では、国の行政機関や地方公共団体、民間事業者などにおける障害を理由とする差別を解消するため、障害者基本法に連動して、合理的配慮についても規定しています。この合理的配慮とは、障害者一人一人の必要を考えて、その要望に応じた変更や調整などを、経済的にも労力的にも過度な負担にならない範囲で行うことだといえます。  たとえば、音声信号や点字ブロックなどの安全設備を敷設したり、案内表示を見やすい位置に設置したり、また、各種試験において点字や拡大文字、音声パソコンの準備をしたり、行政窓口で書類を読み上げて代筆もしたりするなど、視覚障害者にとっての多種多様な社会的障壁を取り除くための手配りや心づかいだともいえるのです。  バリアフリーという表現をよく耳にしますが、それは合理的配慮とほとんど同義語であり、視覚障害者が日常的に困る状況に対応して、できるだけそのバリアを軽減しようとすることを意味しているのです。こうした共通する課題のほかに、職場などの環境によっては、個別に解決しなければならない方策を考えるのが、差別解消法にいう間接的な「合理的配慮」なのです。   【視覚障害者について】  視力や視野に障害があり、日常生活や就労に支障を来している人たちのことです。眼鏡をつけても一定以上の視力が出なかったり、視野が狭くなったりして、文字の読み書きや移動・歩行に不自由を感じる人たちです。  眼の機能には、視力、視野、色覚などがあります。身体障害者福祉法に規定されている視覚障害は、視機能のうちの矯正視力、視野の程度により1級から6級に区分されます。矯正視力とは、近視や乱視などの矯正眼鏡をしたときの視力で、視野とは、視線をまっすぐにして動かさない状態で見えている範囲をいいます。見え方によって、残存視覚がある「弱視者」(またはロービジョン者)と、視覚をもたない「盲」(全盲)とに分けられます。また、見えなくなったり、見えにくくなったりした時期や環境に左右されて、生活上の不自由さには個々人により程度の差があります。  【凡例】  直接差別、間接差別、合理的配慮、ハラスメント、その他  矢印は、差別事例に対する適切な対応例を示したものです。  複数の事例に対して対応例がまとめられているものもあります。    地域生活上で感じる不便さ  ※知人の視覚障害者と出会った時には、名前を名乗ってから声をかけてください。   《地域で生きよう!とは言うけれど》  すれ違ったのが知人だと気付かず、あいさつをしなかったら、近所で「変わった人だ」と噂が立ってしまった。(弱視) →声を掛けるようにする。  いきなり「こっち」と言って手を引っ張られると、ビックリしてしまう。(全盲) →声を掛けながら、ゆっくり誘導する。  一人で暮らすため、アパート探しを始めたが、「火の始末は大丈夫ですか」などと心配され、なかなか入居できなかった。(全盲) →公的な啓発事業や不動産業界の指導を徹底する。  回覧板が回ってきても自分ひとりだと、すぐには読めず、いつの間にか町内会から外されていた。(全盲夫婦) →地域で協力を。手渡しにして、要点だけでも口頭で伝える。  近所づきあいが難しく、災害時の非難など、心配。(弱視・全盲) →行政が災害時対策の周知・徹底を図る。  ※店員さんも視覚障害者を見たら「何かお探しですか?」と声を掛けてください。   《お金を出して買うのに「すみません」「ありがとう」を連発》  スーパーや量販店では店員さんが少なく、声を掛けづらい。商品説明の際、「こちらです」と言われても、分からない。(弱視・全盲)  パック詰めの食料品などは、触って確認できないので、一人で買い物に行けない。(全盲)  宅急便の不在票に書かれた「お届け番号」が分からなかったので、電話したが、見えないことをなかなか理解してもらえなかった。(弱視・全盲) →障害者対応の窓口の設置やスタッフの研修をする。  商品に貼られているシールや値札が小さく、値段などが分かりづらい。(弱視) →表示を大きくするなどの配慮をする。  生鮮品を買う際、自分で選べないのでお店の人に頼んだが、古いものを渡された。(全盲) →消費生活センターなど、啓発事業の徹底を図る。  通販業者に、電話による注文を認めてもらうようお願いしたが、対応してもらえなかった。(弱視・全盲) →専用の窓口を設ける。  飲食店で、店員さんにメニューを読んでもらったが、忙しそうだったので途中で決めざるを得なかった。(全盲)  注文用タッチパネルが見にくく、店員さんに直接オーダーしたが、迷惑そうだった。(弱視) →点字のメニューを用意する。または、読み上げるなどの配慮をする。  買い物をカード決済する際のサインができない。(全盲) →低額のものはサインレスにする。または、代筆を認める。  洋服を買いに行ったら、こちらの好みも十分に聞かず、「こちらがお似合いですよ」と言われた。(全盲) →商品の説明、相談にのるなどの配慮をする。  お札は、大きさや彩りだけでは識別が難しい。(弱視・全盲) →障害者の意見を取り入れ、触って分かるように改善する。    交通バリアフリー  ※補助犬法が施行されているにもかかわらず、盲導犬などの補助犬の入店を拒否される事例が、まだまだ後を絶ちません。最近も、盲導犬を傷つけた事件が報道され、問題になっています。   《点字ブロックは「誘導用ブロック」ともいいます》  駅構内には、点字ブロックが付いているのに、駅ロータリーには、全くないところがあり不便。(全盲)  公共サービス施設や民間施設に、誘導用ブロックの設置がないと入り口も分からない。(全盲)  広い交差点では、横断歩道の間にエスコートゾーンがないと方向が分からなくなる。(全盲) →点字ブロックやエスコートゾーンの設置場所を増やす。  冬、雪が積もると、点字ブロックがどこにあるのか分からなくなる。(弱視・全盲) →融雪装置(ロードヒーティングなど)を設置する。  床が点字ブロックと同系色だと、識別できない。(弱視) →点字ブロックの縁に黒色の線を付けるなどの配慮をする。  点字ブロックの上や周りに物があると歩くときに危険。(弱視・全盲) →点字ブロックの上だけではなく、ブロックの端から杖の振り幅(30〜40p)の範囲内には物を置かないようにする。  一般の誘導ブロックは屋内では歩きにくい。(全盲) →突起の低い屋内用点字ブロックを設置する。  誘導ブロック(線状)は、進行方向を示しています。  警告ブロック(点状)は、危険箇所や誘導対象の施設などの位置を示しています。   《白い杖を「白杖」といいます》  ※白杖を持っている人は視覚障害者です。  バスや電車に乗ったとき、空いている席が分からない。(全盲) →空いている席があったら声を掛ける。  バスの行き先表示が見えない。(弱視・全盲) →表示を大きくしたり、聞き取りやすいアナウンスを流す。  白杖を持っていても避けてもらえず、ぶつかった。(全盲)  ハイブリッドカーや電気自動車などは、近づくまで気付けないので怖い。(弱視・全盲) →ガイドラインを定め、ある程度の音が出るようにする。  タクシーで行き先までの経路を伝えられなかったとき、途中で降ろされた。(全盲)  タクシーで帰宅する際、遠回りをされたらしく、高い料金を取られた。(全盲)  歩道上の車止め用の支柱やチェーンが見にくいため、ぶつかって怪我をした。(弱視)  夜、黒っぽい車が止まっているのに気付かずぶつかった。(弱視)  路上駐車のトラックのバックミラーに顔をぶつけて怪我をした。(全盲)  帰宅途中、止めてある車に気付けず、白杖が車の下に入り込んで曲がってしまった。(全盲) →開発・製造段階で、蛍光塗料を一部使用するなどの配慮をする。  駅の構内など、節電のため、暗すぎて歩きにくい。(弱視) →照度に関するガイドラインを定めフットライトなどを設置する。  駅のサイン表示の位置がバラバラだったり、看板や商品案内などに埋もれてしまって分かりづらい。(弱視) →ガイドラインを定めて統一する。  電車の切符を買うとき、点字表示の場所が分からなかったので、窓口で切符を買おうとしたら、自動券売機で買ってくれといわれた。(弱視) →社員教育の徹底を図る。   《痛ましい交通事故の防止を!》  地下の改札口などは音が反響して自分の位置や向きが分からなくなる。(全盲) →聞きやすい音声案内を流す。  公共交通機関の路線廃止など、乗りなれた交通機関がなくなると困る。(全盲)  幅の広い交差点などでは信号機の表示が見えない。(弱視) →弱視者用LED付き音響装置を設置する。  ラウンドアバウ(信号のない円形平面交差点)は差別では?!(弱視・全盲) ・信号が無いため、横断歩道の位置の把握や横断するタイミングの判断が難しくなります。    墨字の読み書きに苦慮  ※点字は1マスを六つの点で表すので、「六つ星」ともいわれます。   《点字は文字?それとも記号?》  行政への連絡や申請手続きが一人では難しい。(全盲) →点字や電子メールでの申請の仕組みを作る。  役所の申請手続きなど、墨字での提出を求められて困る。(全盲)  パスポート取得の手続きをする際、職員による代筆は一切認められないと言われた。(全盲) →職員による代筆を認める。  銀行等で窓口を利用するとき、代筆を頼んでも担当者によって対応が異なる。(全盲) →対応を徹底・統一する。  役所からの通知など、墨字のものしかなく、誰かに読んでもらうまで内容が分からない。(全盲) →点字・音声・拡大文字化を進める。  入院時、治療計画書をもらったが墨字のものだけだったので、内容が分からなかった。(弱視・全盲) →点字・音声・拡大文字化、もしくは口頭で丁寧に読み上げるなどの配慮をする。  東日本大震災の避難所で、連絡事項の張り紙に気付けなかった。(弱視・全盲) →行政の災害時対策の周知・徹底を図る。  地方公務員試験の応募要項に「活字出題文に対応できる者」とあり、受けられないのかと、ショックを受けた。(全盲) →点字使用者も受けられるように、点字出題文を用意する。  親が亡くなった際、相続関係の書類の読み書きで途方に暮れた。(弱視・全盲) →守秘義務のある公的な代筆機関を設置する。  スマートフォン等の新たな情報端末のタブレット方式は視覚障害者には扱いづらい。」(弱視・全盲) →開発段階で、分かりやすい音声読み上げなどの配慮をする。   《悪戯というよりそれは犯罪です!》  学生の時、路上ですれ違いざまに胸を触られ、固まってしまった。帰ってから悔しくて涙が止まらなかった。(全盲)  高校生の頃、突然、ほんの一瞬の出来事だったが、知らない誰かにキスをされ、あまりのショックに、声も出せなかった。(全盲)  妊娠した時、育てられるのか?障害児が生まれるのではないか?と陰に陽に堕胎を勧められた。(全盲夫婦) →行政は社会啓発事業の徹底を図り、マスコミは報道での配慮をすること。    【差別解消に向けて】            社会福祉法人日本盲人会連合会長 竹下義樹  障害者権利条約の批准や障害者差別解消法の成立によって、障害者に特別な権利が付与されたわけではありません。障害者に対しても、障害のない人と同様に、基本的人権を保障すべきことが明確にされたにすぎません。しかし、そうした条約や法律ができても、直ちに障害者差別がなくなるわけではありません。障害者差別解消法は、差別を禁止し、合理的配慮を義務付けていますが、それらが国民や事業者に十分に理解され、社会的コンセンサスが得られた時、日本の社会でも障害者差別が減少し、あるいはなくなっていくのです。  日盲連は、視覚障害者にとって何が差別であり、どのような合理的配慮が平等を実現するうえで必要かを、社会に訴えていくことが必要だと思っています。それらが国や自治体だけでなく、事業者によって実践され、差別がなくなるまで取組を続けて行かなければなりません。個々の差別事象に対しては、それを放置することなく、時にはその解決のために集中した運動を展開したり、時には裁判という手段も使わなければならないかも知れません。大事なことは、社会全体に、あるいは個々の国民一人一人に、視覚障害者が不合理な差別や必要な合理的配慮を実践されないことによって、どのような苦しみと悲しみを感じているかを伝えることです。そして、私たちの痛みを共有していただくことが最も大切だと考えています。国民の基本的人権に対する意識が高揚し、視覚障害者に対する理解がこれまで以上に広がることを願い、この冊子を発行することにしました。  「白杖SOSシグナル」とは:視覚障害者が外出の際、周囲の助力を求める必要がある場合に、白杖を頭上50cm程度に掲げることで助けを求める手段です。白杖によるSOSのシグナルを見かけたら、進んで声をかけ、困っている内容を聞き、サポートをしてください。 ※駅のホームや路上などで視覚に障害のある人が危険に遭遇しそうな場合は、SOSのシグナルを示していなくても、声をかけてサポートをしてください。 発行責任者:社会福祉法人日本盲人会連合 情報部編集室 〒169-8664 東京都新宿区西早稲田2-18-2 電話:03-3200-6169 ホームページ:http://nichimou.org/ Eメール:jouhou@jfb.jp 発行日:2014年12月1日  この冊子は、「ヤマト福祉財団」の助成により作成いたしました。 ----------