【特集】多様化する公立図書館の障害者サービス〜医学モデルから社会モデルへ、変化する「障害」への理解のなかで〜  東京都墨田区立ひきふね図書館 元職員 山内薫さん  『うちのこの子に やりたいものは 菓子か まんじゅうか』  長らく図書館職員として障害者サービスに携わってきた山内薫さん、その名刺に添えられていたのは但馬地方の子守歌の歌詞と黒いシロヤマブキと白いナンキンハゼの実でした。図書館に在職中には季節にちなんだ木の実などを、詩と共に袋に入れて窓口で利用者に配っていたとのことです。  図書館と職員とサービスと・・・山内さんへのインタビューを通して、時代の流れとともに変化し続ける公立図書館における障害者サービスの「昔」と「今」、その変遷をたどります。 ■T.障害者サービスの出会い −公共図書館における障害者サービスが、時代の流れとともにどのように変化してきたのか。お話を伺えることを、とても楽しみにしていました。山内さん、宜しくお願いします。  山内:宜しくお願いします。 −墨田区のひきふね図書館で勤務されてきて、3月に退職されるまで、長らく障害者サービスに携わってきたと伺っています。どのくらいの期間関わっていましたか?  山内:墨田区の図書館に47年間勤務しましたが、その内42年間障害者サービスに関わって仕事をしてきました。 −ほぼ50年、図書館に関わってきたということですね。どのような経緯があって、障害者サービスに関わることになったのでしょうか?  山内:1974年に墨田区に障害者サービスをはじめるための委員会が設置され、参加したのがこのサービスに関わるはじめです。 −この委員会では、どのようなことが検討されましたか?  山内:この委員会は身体障害者サービス検討委員会という名称で、あくまでも身体障害の方にどのようなサービスができるかを考える委員会でした。この委員会で日本点字図書館ほかいろいろな図書館や施設を見学させて頂きましたが、川崎市盲人図書館を見学した時に、障害者サービスを考える上での決定的な場面に遭遇したのです。 −どのような場面でしょう?  山内:見学に行ったその場で、全盲の職員が弱視の職員に点字毎日を対面朗読で読んでいる場面に出会いました。読んでおられたのは新井健司さんという職員で、読んでもらっていたのは株式会社 大活字を創設して亡くなられた市橋正晴さんでした。点字毎日はその当時点字版しか刊行されていませんでした。対面朗読というのは、目の見える人が目の見えない人に本や文章を読むものという考えを180度ひっくり返された訳です。つまりこのサービスは身体障害者へのサービスではなく、資料を読めない人にその資料を読めるようにするサービスであって、点字が読めない人に点字を読むこともサービスなのだと思い至ったのでした。 ―認識が改められた瞬間ということですよね。それでは、どのようなことから取り組みましたか?  山内:はじめは、市販の落語・浪曲・民謡・歌謡曲などのカセットテープを用意して貸し出すことにしました。また一番の特徴は、図書館まで来られない方が多いことから、資料を自宅に届ける宅配サービスを中心にサービスを展開することにしたことです。  1975年から76年にかけて、今では考えられないことですけれども、身体障害者手帳交付台帳の視覚障害者一級から三級の名簿を手書きで写してきて、個別にPRに伺いました。当時、墨田区には視覚障害者手帳交付者一級から三級の方が288人おられ、3つの図書館の職員全員で分担して一軒一軒、戸別訪問したのです。印象的だったのは、宗教団体の勧誘と間違われたことが何度かあり、そうした団体に名簿が漏れているのだと思い知らされました。すでに転居したり亡くなった方もいて、実在した方は8割でした。  宅配で自宅まで伺うことで、さまざまな要望が寄せられるようになり、点字の手紙を墨字で便せんに書いて欲しいなどという、墨字訳サービスというようなサービスも70年代の半ばから実施してきました。 −身体障害者手帳交付台帳を手書きで写すというのは、個人情報が厳しい今ではとても考えられないですよね。  山内:そうですね(笑)。当時図書館に異動してきた館長が、その前に福祉事務所長をやっていたという関係でそれができたのですけど、今ではとても考えられないです。 ―録音図書の希望はなかったのでしょうか?  山内:当然、市販のテープだけではなく録音図書の要望も出てくるようになりました。各地の点字図書館などに、資料を貸して欲しい、目録を送って欲しいと問い合わせをしましたけれども、70年代後半でしたので貸せないと多くの図書館から断られました。そんな中で高知点字図書館など10館ほどの点字図書館から、本当に快く録音図書や点字図書を貸して頂きました。 それでも、どこにもない資料の希望が当然出てきます。そこで1978年に朗読者養成講座という講習会を開催して、録音図書を作り始めました。今は音訳者養成講座ですが、当時はまだ朗読者という言葉を使っていました。日本ライトハウスの機関誌に「音訳アピール」が掲載されたのが1974年でした。1981年の国際障害者年に障害者サービスをはじめた図書館が数多くありますが、朗読者という言葉を音訳者という言葉が凌駕するのは丁度2000年前後です。現在はほとんどの図書館で音訳者と言っていますね。利用者からのリクエストで初めて取り組んだ作品はノーマン・メイラーの『裸者と死者』という作品でした。今では考えられないことですが、なるべく早く提供したくて4人ほどで分担して録音しました。 ―その他にもいろいろ取り組まれたと伺っていますが・・・  山内:はい。その後、対面朗読や拡大写本の講習会を行ってさまざまな要望に応えられるように努力してきました。また、1990年代の後半からは知的障害者や高齢者へのサービスを積極的に行ってきました。知的障害者の方も施設に入所しておられる高齢者の方も、図書館側から資料をお持ちして積極的に関わらない限り、図書館を利用しなかったりできない方々です。これからもより積極的に、そうした方へのサービスを広げていけたらと考えています。 ■U.公共図書館における「障害」の認識について ―ここまで公共図書館における障害者サービスについて、どのようなことから取りかかったのか、どのように取り組みを広げていったのかというようなお話を伺ってきたのですが、そもそも図書館における障害者サービスの考え方とは、どのようなものでしょうか?  山内:はい。公立図書館の障害者サービスは身体障害者へのサービスではなくて、「図書館利用に障害のある人へのサービス」を表しています。一人一人が利用できない・読めないという障害は、利用者の側の障害ではなく図書館側の障害なのだという考え方が今は当たり前になっています。この考え方は、障害者権利条約などで言われている「障害の社会レベル」と同じ考え方です。公立図書館界では、この考え方が1970年代の末に既に提起されていました。考えてみれば、1981年の国際障害者年でWHOが提起した国際障害分類でさえ、障害を考える出発点をインペアメント、つまり個人の個々の身体的損傷に置いていた訳ですから、図書館利用に障害のある人へのサービスというこの考え方は相当先駆的なものだったと思います。  ただ残念なことに、その考え方が全ての図書館に行き渡ったかというと今でも心許ないというのが現状です。川崎市盲人図書館での点字毎日の視覚障害者による対面朗読の例でも分かりますが、障害者サービスの対象者は、全ての人がなる可能性を持っている訳です。私も点字を読めますけれども、点字毎日のようにインタープリントの読みにくい点字は1ページ読むのに相当時間がかかります。利用者が対面朗読で図書館に来た時に、点字毎日の表紙の墨字の目次で気になる記事を利用者に読んでもらっていたことがあります。今は、少しのタイムラグで墨字版が発行されていますが、点字毎日に関してはあくまでも点字版がオリジナルであるという認識が必要かと思います。 ■V.知る権利の保障を目指して 〜視読協アピールから日比谷図書館の対面朗読、そして墨田区では〜 ―引き続き公共図書館における障害者サービスの「昔」と「今」について、お話を伺っていきたいと思います。対面朗読というと発祥の日比谷図書館を思い浮かべますが、山内さんのお考えをお聞かせ頂ければと思います。  山内:公立図書館の障害者サービスは、1998年に解散してしまった視覚障害者読書権保障協議会の働きかけによるものでした。通称「視読協アピール」が1971年の全国図書館大会で配布され、その翌年に日本図書館協会の図書館雑誌に掲載されたことで大きな力になりました。 ―視覚障害者読書権保障協議会(視読協)という一つのキーワードが出てきました。どのような団体だったのでしょうか?  山内:視読協は1970年6月に、東京都視力障害者の生活と権利を守る会(東視協)や盲大学生の会、日比谷図書館利用者の会など当事者団体と、日比谷図書館朗読者の会、テープやまびこの会、点字あゆみの会などのボランティア団体によって結成されました。初代の会長は橋本宗明さん、事務局長が市橋正晴さんでした。 「視覚障害者は情報摂取に関してきわめて困難な状況に置かれており、人間が生存していく上で不可欠な『知る権利』を獲得するためには、情報摂取の大きな部分を占めている読書環境の整備を国や自治体が責任持ってやるべきだ」と主張しました。そして、その矛先を公立図書館の開放に求めたのです。その後、視読協は文字情報センターの設置要求や著作権問題などについて運動を展開しました。―全国図書館大会で配られた視読協アピールでは、どのようなことが主張されましたか?  山内:このアピールで視読協は「読書は自立更生する前から、また自立更生した以後も日常的に続けられる、人間が文化生活を営む上での基本的な行為である。したがって視覚障害者の読書に関する行政サービスは、社会福祉行政(厚生省所管)の範疇ではなく、文化行政、社会教育行政(文部省所管)の範疇で、具体的には公共図書館を中心に行なうべきであると考える」と主張しました。そして、具体的には、無償のボランティアによるサービスではなくて、利用者の希望する資料を責任持って提供するために報酬を公費負担とすることや、資料検索などの館内での対面朗読を司書(職員)の業務とすることを強く求めたのでした。1970年代のはじめにこの要望に応えて日比谷図書館が司書という専門職による対面朗読を実施していたならば、今の公立図書館の障害者サービス、特に対面朗読は非常に質の高いものになっていたのではないかと思っています。 ―そうならなかった理由は何でしょうか?また、墨田区はどうでしたか?  山内:先日、当時のことをよくご存じの長谷川貞夫さんにお会いして話す機会がありましたが、視読協の要望に対して、はじめ日比谷図書館は対面朗読業務を日本点字図書館に業務委託するといってきたそうです。視読協は点字図書館への業務委託は絶対反対と異議を唱え、結局音訳者による対面朗読が始まったわけです。しかし音訳者は音訳のプロではあっても、資料に精通したプロではありませんから、利用者の資料要求に応えていくという役割を果たすのは、司書という専門職として採用された当時の日比谷図書館の職員が行うべきだったと思っています。日比谷図書館で所蔵している全ての資料をバックにして、希望する本に関連した本を紹介したり、参考図書を紹介するということが行われていれば、対面朗読の質が飛躍的に上がったのではと思っています。 そうした意味もあり、墨田区では対面朗読をほとんど職員が行ってきました。というのも1冊の本を通して読むというような対面朗読はほとんどなくて、利用者が調べたいことを援助したり、必要な情報が載っている本を探したり、情報をその場で整理したりするということが実際には多いからです。私は対面朗読というよりも対面検索と言う言葉を使っていますが、この言葉に初めてであったのは、もう30年ほど前で、昨年こちらを退職なさった大橋由昌さんにお会いしたときに、「図書館を使ってますか?」と尋ねたら「対面朗読ではなく、対面検索として利用していますよ」と返事をされたのがきっかけです。 ―対面検索とは言い得て妙な、上手い表現ですよね。それでは、公共図書館における録音図書の製作についてもお話しを伺えればと思います。  山内:録音図書の製作に関しても、点字図書館という先例から公立図書館は学ばなければならなかった訳ですが、オリジナルの原本を提供するという姿勢が未だに弱いと思います。例えば本に係わる帯ですとか裏表紙などに書かれている内容紹介・著者紹介・推薦文など、本を読もうかどうしようかという糸口になる情報を無視したり軽く扱ったりしています。1冊の本を多角的に検討できる素材を、録音図書やあるいは点字図書の中にも持ち込む必要があると考えています。また、録音図書や点字図書は本の仮の姿であって原本とは等価にならないというのが私の昔からの持論です。ですからいつでも元の本に戻って、立ち返って応えられるように、録音図書や点字図書と原本も一緒に保存して、もし読者から何か問い合わせがあったときには原本にあたってすぐに応えられるようにしておかなければならないと思っています。 ―本買うときに帯とか裏表紙を見て買うことは私も多いです。こういう情報はとても重要ですよね。  山内:とても重要だと思います。 ―視覚障害者が中心の訪問サービスからスタートした障害者サービスですが、知的障害者・高齢者などにも利用者の対象は広がっているのでしょうか?  山内:先ほどに申しましたように、公立図書館が障害者サービスをはじめるきっかけとなったのは、視覚障害当事者の方からの働きかけによるものでした。そして視覚障害者サービスのノウハウは、先行してサービスを行っていた点字図書館から学ばざるを得なかったのです。従って今でも障害者サービスといえばほとんど視覚障害者へのサービスであって、その他の図書館利用障害者へのサービスはまだまだ遅れていると言わざるを得ません。著作権法が2010年に大きく変わったにもかかわらず、録音図書を広く「視覚による表現の認識に障害のある人」に提供する術を検討できていません。高齢者に対するサービスは喫緊の課題であるはずですが、録音図書の提供も大きな文字の拡大写本のサービスもほとんど行われておらず、市販の大活字本を収集して提供するに止まっています。  現実の図書館利用そのものを考えても、インターネットによる予約・自動貸出・自動返却・予約の受け取りも、レシートをもって予約室にある本を自分で探して持ち出すなど、一部の人たちには便利になったように見えても、高齢者ですとか知的障害の方たちにとっては、逆にどんどん使いにくい図書館になってしまっています。さまざまな利用者の立場に立って、その図書館利用の障害を取り除いていく、この障害者サービスは今後ますます重要になってくると思っています。 −そのためには、何が必要になってきますか?  山内:そこで中核となるのは人的な援助ではないでしょうか。障害者権利条約の第9条「施設の章」には施設には案内人、具体的には朗読者や手話通訳者などを置くようにと述べられていますが、機械処理で済ますのではなく、人が対応してサービスを展開することが今後ますます求められると思います。 ■W.さまざまな条約や法律が導く新たな時代にむけて ―障害を持った人が使えないのではなくて、障害を持った人が使えない図書館が問題だという、先ほどのお話しにも繋がりますよね。そのような取っかかりとなるような福祉関連法または条約ですね、最近大きなものが立て続けに施行(批准)されています。 この4月から施行された障害者差別解消法。また公共図書館などでは、先ほどお話しにありました2010年の著作権法の改正が大きかったように感じています。ここ数年のこうした動きを、山内さんはどのように感じていますか?  山内:4月から施行された障害者差別解消法、その背景となった障害者権利条約、そして障害者権利条約の実現を目指していち早く2010年に改正された著作権法、そしてこれからの課題としてのマラケシュ条約。こうした条約ですとか法律が、公立図書館の障害者サービスの法的な後ろ盾として大きな意味を持つことを、図書館界でも真摯に受け止めなければならないと思っています。  先の視読協が大きな運動の柱としてきた著作権問題が、著作権法の改正で見事にクリアされたことはとても大きな出来事でした。今まで公立図書館は著作権者の許諾をもらわなければ障害者用資料を作成できなかった訳ですけれども、今後は視覚障害者に止まらず視覚による表現の認識に障害のあるもの、つまり広く高齢者やディスレクシアなど広範囲な利用者を対象に、録音だけではなくて、拡大やテキスト化やリライトまでできるようになりました。また、公立図書館だけではなく、学校図書館・大学図書館・国立国会図書館と全ての図書館が権利制限の対象になったことで、読むことに障害のある人は生涯に使うことの出来る全ての図書館で、自分が読めるような形で資料が利用できるようになった訳です。点字図書館も今までの視覚障害者限定ではなくて、広範囲の利用者が利用対象になった訳ですから公立図書館と手を携えて対象利用者を広げていかなければと思っています。 ―具体的にどのようなことでしょうか?  山内:そうですね。先にも少し触れましたが、権利条約の第9条「施設及びサービス等の利用の容易さ」というところにですね、『(d)公衆に開放される建物その他の施設において、点字の表示及び読みやすく、かつ、理解しやすい形式の表示を提供すること。』 という項目と、もう一つ、『(e)公衆に開放される建物その他の施設の利用の容易さを促進するため、人又は動物による支援及び仲介する者(案内者、朗読者及び専門の手話通訳を含む。)を提供すること。』という2つの項目があります。  つまり施設においては、まず点字や分かりやすい表示を提供しなければならないと言っています。例えば日本の図書館で使われている日本十進分類法という本の分類体系がありますけれども、そのなかで使われている言葉が本当に読みやすく分かりやすいものかどうかを検証する必要があるのです。場合によってはどんな本が並んでいるかという表示を、ピクトグラムというような図案で示すということも試したらどうかと思います。 ―なるほど  山内:そして施設の利用を容易にするための案内者・朗読者・手話通訳が必要と述べられています。権利条約で音訳者(権利条約では朗読者)が出てくるのはここだけです。こうした人的な援助を、図書館でも実現していかなければならないでしょう。 −先ほど、障害者差別解消法の話が出てきましたけれども、この施行で「合理的配慮」という言葉を耳にする機会が増えましたよね。山内さんは、どのようにお考えですか?  山内:障害者権利条約や差別解消法で話題になっている合理的配慮の提供という言葉ですけれども、点字毎日でも何人かの方が取り上げていましたように、この言葉では合理的配慮をする側に主体があるように受け取られかねません。本来は配慮するというような問題ではなく、障害者の権利をどう保障するかという権利保障の問題であるはずですから、あくまでも一人一人の個別の人の権利をどう保障していくかという視点で考えなければならないと思っています。また、権利条約の第2条定義で述べられているさまざまなコミュニケーション手段による資料提供も検討されなくてはならないと思っています。たとえば権利条約の第2条では、手話は言語であると言っていますが、既に日本手話を母語とする方からは資料を手話に翻訳してもらわなければ自分たちは図書館の資料を利用できない、という声も出てきています。つまり、本の内容を日本手話による動画で提供したり、対面朗読ならぬ対面手話による本の提供が求められているのです。そうした意味で障害者関連法の中で図書館に求められていることは、非常にたくさんあると言わなければならないと思っています。 ―今度は、公共図書館における障害者サービスの課題などを伺っていきたいと思います。障害者サービスの課題、その対応策としてどのようなことが挙げられますか?  山内:障害者差別解消法は、公的施設について相当踏み込んだ合理的配慮を求めていると思います。利用者の所へ行くと障害者福祉課などの役所や公的施設から文書が届いていますけれども、封筒に「ショウガイシャフクシカ」という点字が貼ってあるだけで、中味については一切点訳されていません。そもそもその出発点から合理的配慮がなされていないというのが現実です。 よく家族に読んでもらえばというようなことを言う人もいますけれど、一人暮らしの人はどうするのか、たとえ家族がいたとしても家族に読んで欲しくない文書はどうするのか、それから…これは利用者から聞いたことですけれども、「夫婦喧嘩しているときに、連れ合いに文章を読んでくれというようなことはとても頼めない」というようなことを言われたことがありますけども、これはもっともなことだと思います。たとえ周囲に晴眼者がいるとしても、あくまでも個人の権利を保障するという意味で、点字使用者には全ての文書を点訳して届けることが当たり前だと思います。それが本来の権利保障だと思います。そうした中で、こうした文書を図書館で読んで欲しいという要望も出てきている訳です。 墨田区では先ほど申しましたように、対面朗読の中でそうしたものを職員が何十年も読んできました。同じく役所という行政組織の中で、文書の点訳や音訳というもっとも基本的な合理的配慮を考えれば、配慮の及ばない部分は図書館がカバーするというのが現時点では一番合理的ではないかと思っています。公的な全ての文書が点訳や音訳で届けられるようになるまで、図書館はその責務の一つとして読み書きサービスを実施すべきだと思っています。  さらにこの知る権利と表裏一体をなす表現の自由や権利についても、図書館がその役割を果たせればと考えています。これが墨字訳サービスと呼んで、今までやってきたサービスですけれども、書くことの支援にあたります。大活字文化普及協会という組織の中に、読書権保障協議会というものがあって「読み書き(代筆・代読)支援員養成講座」というのも行っています。その講習会にも関わっていますが、全国の自治体で、全国の点字図書館や公立図書館を中心に、このような読み書き支援員というような人が活動できるようになれば良いと思っています。 ■X.これから取り組みたいことについて −山内さんが図書館職員として、どのようなことにやりがいを感じてきましたか?また、これから取り組んでみたいこととは何でしょうか?  山内:そうですね。47年間の図書館員生活で、本当に多くの利用者や音訳者や点訳者などの方たちとの出会いがありました。特に私は図書館員として、利用者に育ててもらったと思っています。利用者からは本当にさまざまな要望が寄せられますが、一人一人の利用者が抱いている図書館像は100人の利用者がいれば100通りあって、その一つ一つの図書館への要求に応えていくということが、図書館の障害者サービスだというふうに思ってやって来ました。どんな要望でも先ず応えてから、その意味を考えるというスタンスです。全盲の3歳児と一緒にプールに行ったり、利用者とはよく一緒に旅行したりとか、動物園に行ったりしました。また、真夏に「冷蔵庫が壊れてしまったが、土日はガイドヘルパーを確保できないと言われてしまったので一緒に買いに行って欲しい」と図書館に訴えてきた方がいて、一緒に大型の電気店まで冷蔵庫を買いに行ったこともあります。そうした要望はいろいろ出てくるわけですけれども、私自身が行けなかったり都合がつかない場合は、音訳者や点訳者にお願いして要望に応えたことも何回もあります。図書館というのは、そういう意味では駆け込み寺のように利用できる施設であれば、利用者としてはどんなに心強いかと思います。 ―図書館と言えば数も多いですからね。もしも全国の図書館が、障害者サービスに対応できるようになっていったら、それはその地域にお住まいの障害をお持ちの方にとっても心強い存在になりますよね。  山内:そうですね。4000近くの図書館が全国にありますから、身近なところで自分の要望を聞いてもらえる場所としては、公立図書館というのはとても有効な施設だと思います。 ―ところが司書一つをとってみても、肩身の狭い資格になりつつあるような気がします。たくさんの課題を抱えている図書館業界ですけれども、今後の課題としてはどのようなことを挙げますか?  山内:そうですね。指定管理ですとか、業務委託ですとか、そういったものがどんどん図書館業界で進んでいますので、なかなか図書館独自に新たな障害者サービスを展開していくということがとても難しくなっている状況です。墨田区で今までやってきて一番遅れていると思っているのは知的障害の方へのサービスです。墨田区には60人規模の障害者施設が3カ所あって、月1回訪問して貸し出しを行っています。どこの施設でも、だいたい20人から30人の方が本やCDを借りて下さっています。 しかし、その中で直接図書館に来館して利用して下さる方はほとんどおられません。図書館に行っても自分の読みたい資料がどこにあるのかわかりにくい、先ほども触れましたが図書館の利用の仕方が自動貸出自動返却などどんどん職員の手を離れてしまって、行って分からないことを聞く機会がなくなってきています。利用者のリクエストを受けたり、施設に好みの資料を持って行けば多くの方が借りて下さいます。皆さん月1回の図書館の訪問日をとても楽しみにして下さっています。 著作権法の43条ではさまざまな人が読むことができるように翻訳、変形、翻案ができるようになっています。この43条の条項はとても重要で、資料をそのままでは難しい作品をやさしくリライトしたり、読める形に変形したりできるというものです。リライトや分かりやすく書き直すということは、現時点ではほとんど行われていませんけれども、今後の図書館の大きな一つの技術として定着していければと思っています。  また、今すごい勢いで増えているのが通所支援事業所です。事業の中に放課後等デイサービス事業というのがあるのですけれども、これは特別支援学校ですとか特別支援学級の子どもたちが、学校を終わった後に過ごす、いわば障害のある子どもたちの学童保育の場です。図書館では特別支援学級へのサービスを取り組みたいと近くの学校にアプローチしたりしてきましたけれども、今の特別支援学級は発達障害や自閉症スペクトラムなどさまざまな障害のある子どもがたくさんいて、担当の先生の数は多くいますけれども、とても先生方に余裕がないようで上手くアプローチができないでいました。そこで目を付けたのが通所支援事業所です。何度かお邪魔して大型絵本を読んだり、個別にマルチメディアデイジーの入ったiPadで絵本を読んでもらったりしましたけれども、こうした事業所に定期的に伺って、絵本を読んだり貸し出したりできたらと思っています。 ―ここまで山内さんにお話を伺ってきましたが、長年障害者サービスに携わってきたとあり、点訳や音訳、漢点字の知識や、はたまた拡大写本にも精通していると伺っておりますが・・・。  山内:点字はできる!というところまではいっていないです(笑)。音訳の経験はあります。漢点字は知識があるというよりも、墨田区の図書館の利用者の中で何人か漢点字を読み書きなさる方がいらっしゃるんですね。それで漢点字にも関わるようになった訳です。拡大写本はもう昔から、70年代の後半から図書館でやっていまして、弱視の方を対象とした拡大写本、あるいは弱視の子どものための拡大教科書なども作ったことがありますが、現在は多くの利用が高齢者にシフトしています。やはり高齢者で、普通の本は字が小さいから読めないという方が、相当数おられますので、そういう方を対象に藤沢周平ですとか佐伯泰英の小説を拡大写本にして大きな文字に作って提供すると、非常にたくさん利用があります。 −このように幅広く取り組まれてきた山内さんですが、実は今取り組んでいることがあると伺いました。ご紹介頂けますか?  山内:はい。もうお亡くなりになりましたが、白川静という方が『常用字解』という常用漢字の漢和辞典を出版しています。この『常用字解』をデイジー化する事業に取り組んでいます。もう始めたのは5年ほど前なのですが、全国の音訳のボランティアに呼びかけて作り始めています。これは中途失明者を対象とした漢字辞典を提供しようとことが目的で、現在ア行をまとめる作業にやっと入ったところです。辞書ですから、完成するまでに最低でも後3年位の時間がかかるのではないかと思っています。 ―大変な作業だと思いますけれども、完成がとても楽しみですね。今回は、墨田区立の公共図書館などで障害者サービスに長らく携わってこられた山内薫さんに足を運んで頂きまして、いろいろお話を伺いました。山内さん、どうもありがとうございました!  山内:ありがとうございました。 --------------------------------『すべての人に すべての本を』-------------------------------- 【山内薫さんプロフィール】  1949年東京都生まれ。1969年より東京都墨田区立図書館に勤務、2016年3月に墨田区立ひきふね図書館を退職するまで、47年間におよぶ図書館職員としてのキャリアのなかで、実に42年もの歳月を障害者サービスに携わり、誰しもが利用しやすい図書館を理想に掲げ奮闘。早い時期から拡大写本サービスを導入し、拡大写本製作の指導などにも取り組む。東京都公立図書館長協議会図書館利用に障害のある人々へのサービス研究会の幹事や、日本図書館協会障害者サービス委員会委員なども歴任。  著書に『本と人をつなぐ図書館員』(読書工房)、『拡大写本の作り方』(東京ルリユール)、『あなたにもできる拡大写本入門―広げよう大きな字』(大活字)。共著に『障害者と図書館』(ぶどう社)、『LLブックを届ける』(読書工房)などがあるほか、図書館関係専門雑誌にも多数寄稿。  本コンテンツは、(福) 日本盲人会連合のWEB サイトで公開されている、音声雑誌『日盲連 声のひろば』平成28 年7 月号・8 月号で配信されたものをテキスト化、山内様ご協力の下に加筆・修正したものです。著作権は(福) 日本盲人会連合が有します。本コンテンツの、無断複製・無断転載・配布行為は固く禁じます。 ■奥付 日盲連 声のひろば  発行:(福) 日本盲人会連合   〒169-8664 東京都新宿区西早稲田2-18-2   電話:03-3200-0011(代表) FAX:03-3200-7755  お問い合わせ:情報部「日盲連 声のひろば」制作担当         電話:03-3200-6169 E-mail:jouhou@jfb.jp ☆『日盲連 声のひろば』は、毎月好評配信中です!! 【URL】http://nichimou.org/magazine-tape/voice/